探索を始めてから何度目になるかわからなくなった今回の遺跡外での休息。
前にひどい目にあったということもあり、今回戦闘回数の少なかったアスナは初めて符の手入れを休むことにした。
「手持無沙汰な日ってのも久しぶりで、返って何していいのかわかんないわ。」
散々迷ったアスナは結局、宿でゆっくり体を休めることにした。
レギオンズソウルの一室で、洗濯物をたたむロシェルの傍らで宿に届いていた手紙のチェックをはじめた。
「姉様、またそんなに手紙を溜めて・・・。ちゃんとコマめに目を通さないとダメじゃない。」
洗濯物を畳みながらロシェルが小言を飛ばす。
ベルフェゴール家没落前には既に社交界デビューをしていたアスナには貴族の知り合いが多かった。
島に来るまでの間、数多くの貴族に助力を要請しメルの解放のためペンの戦いをしていた時期もあったため、
アスナはいまだに各地の貴族との手紙のやりとりが多い。
「ここに来てからずっと忙しかったからね・・・中々チェックしたり返事を書く時間がなかったのよ・・・あら?
フォルネウスの叔父様のとこ、お子さんが生まれたみたいよ。」
「それはおめでたいね〜。そういえば、今はメルが当主だしボク達でお祝い贈らないといけないのかな・・・。
何がいいかな・・・ここだとあんまり良いものは手に入らないし・・・。」
手を休めないままロシェは思索にふける。またバニラ絡みのものを買ってくるんじゃないかと不安そうにロシェを見つめるアスナ。
「お子さんの名前は・・・あら、ふふ・・・なるほど・・・」
「どうしたの姉様、ニヤニヤして・・・。」
「お子さんの名前にちょっと心当たりがあっただけよ。
私たち貴族はどうしても政略結婚が多いでしょ?そこにはやっぱり引き裂かれる思いってのも多いわけ。
だから私たちの地方では、愛していた人の名前の頭文字3つを子供につけて、その人と同じ愛称で呼ぶことが許されるって風習があるのよ。」
「えええ、それって相手としては気まずくないのかな・・・」
ロシェルは驚いた顔で切り返す。
「相手は相手で、愛していた人がいたって場合も多いからね。それにその名をつけることでその人に対する思いを断ち切るって意味合いもあるそうよ。」
「なるほどね〜・・・って姉様、何で叔父様の昔の人の名前なんか知ってるの・・・。」
「まぁ、付き合いが多いと色〜んな話が耳に入ってくるのよ。」
アスナは妖しげに笑う。
話が盛り上がってきたところでメルが部屋に入ってきた。
「失礼しますわ。・・・私を仲間外れにして恋話なんて、二人ともツレないですわねぇ。」
含みのある笑みを浮かべ、メルは言った。
「やだなぁ、別にボク達自身の話ってわけじゃないよ。」
「・・・メルに自分の恋話なんて怖くて聴かせられないわ。」
「アスナ姉様の方は何か聞き捨てならない気はしますけど・・・それはそうと、アスナ姉様に来客ですわよ。」
「私に来客・・・?」
こんな島でギルドメンバー以外に自分を訪れてくる人の心あたりがない。
不思議そうな顔をしながら、とりあえず部屋を出ようとメルの傍を横切る。
「ふふ、こってり絞られてくるといいですわ。」
すれ違いざまにメルはニヤニヤしながら呟いた。
来客の顔を見た途端、アスナはメルの態度の意味を理解した。
「久しいな、アストレア。」
シルグムント戦役以降、アスナを保護し、剣術を教えたメリザント・ルネ・ベルゼビュート公だった。
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話があると町はずれの森の中まで連れてこられるアスナ。
以前、アルマと一緒に山猪に襲われた場所だった。
「またここか・・・。で、叔母様・・・お話とは何ですの?」
「つもる話もたくさんあれば、聴きたい話もたくさんある。お前が腰に下げてるバアル・ベオルのこともな。」
「あ・・・これはギルドの千鶴様が・・・」
「・・・だがな、一旦それは後回しだ。
アスナ・・・今日は貴様を連れ戻しに来た。」
「・・・え?」
アスナの顔が凍りつく。
「お前だけではない、メリュジーヌもロシェルもだ。しばらく私の城で大人しくしてもらう。」
「お、叔母様・・・!?」
アスナは抵抗する。
「まだ探索の成果は何一つ得られていませんわ!それにどうして突然・・・」
抵抗するアスナを手で制して、メリザンドは言う。
「こちらの方面からの斥候から聞き捨てならん話を聴いたのだ。
ファルスアイランドの方角から桁はずれの妖気が感知されたとな。」
「桁はずれの妖気・・・ですか・・・。」
「来てみたら報告に嘘はなかった。遺跡内から凄まじいレベルの妖気を感じる・・・。恐ろしいが、懐かしくもある妖気だ。
・・・わかるな、これはベノムの妖気だ。恐らく、アルカード=シルグムントがこの中にいる。」
「アルカードがここに・・・!?な、尚更帰るわけにはならないではないですか!」
「だから止めるのだ、アストレア。まさか本気でアルカードに勝てると思っているわけではあるまい。
ベノムの力を吸いとったガリウスを握ったアルカードは、今や八公二人分の力を持っているのだ。」
アスナは言葉を失う。わかってはいることなのだ、出来損ないの半妖の自分にはどんなに修練をつんだところで勝てない相手であることを。
「貴様は自らの美学か何かと自己満足のためだけに無駄に命を捨てようとしている、違うか?」
「・・・そうかもしれません。」
アスナはうなだれた。メリザンドの言うように、自分が死んだ後ロシェやメルがどうなってしまうかも敢えて考えないようにしていた。
「骸から産み落とされし哀れな子よ。私はお前が愛しくてしょうがないのだ。もちろんメリュジーヌもロシェルもだ。
・・・貴様らがむざむざと死地に赴くのを看過するわけにはいかん。
アルカードがこの地にいることがわかった以上、首に縄かけてでも連れて帰らせて貰うぞ。」
アストレアは抵抗する。
「し、しかし叔母様!アルカードはまだしも、家の再興さえ果たせぬまま私は帰るわけには参りません!」
「聞こえなかったのか?」
「・・・は?」
メリザンドは冷たい目でアスナを睨みつけながら魔剣バアル・ゼブルを抜き放った。
「首に縄かけてでも連れて帰るのだ。」
蠅の投剣(後篇)へ続く
作者
アスナ
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