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SS:嵐を呼ぶ少女

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「ふぅ今日もいい天気だ。こんな日は猫ウォッチングに限るな」
スケッチブックに滑らかな手つきで筆を走らせる青年は、そう言いながら大きく伸びをした。
目の前には噴水を背景に猫が石畳の上で日向ぼっこをしている。
傭兵アルディン。その正体は、今はなきシルグムント王国のアルカード王である。
戦時中に仮即位した後、すぐに王国が崩壊したため、実務をした経験はほとんどない。
アルディンと名乗っているのは戦場で倒した妖魔の国の公爵にかけられた、憎悪の呪のせいだ。
力は封じられ、自身の存在が消滅へと徐々に進行していく死の呪い。
存在の消滅は世界の歪みとなり、悪意と狂気に満ちた出会いを用意するという。
その為、アルディンがアルカード王であるという事実に、もはや誰も気づかなかった。
今では仕方なく傭兵アルディンとして過ごし、解呪の方法を探す毎日である。

「まぁこういう生活も悪くないんだがね」
 宮殿での制限だらけの生活と違って、今は時間を自由に使える。
 趣味の猫スケッチもこうして暇なときにできるとなれば、その日暮らしのこの生活もまんざら悪いものでもなかった。
 偽島へ渡る船を捜して湾口近くの町まで来たのはいいが、一向に先への手がかりがないのが困りどころではあった。
「ちょっと、そこのあんた!何やってるの!?」
 突然、猫と俺の間に立ちふさがる影。
「ん、俺か?」
 見返しながらそう答えると、そこには腰に手を当てて立ちふさがる女の姿が。
「そんなとこでじっと私を見て絵を描いてるなんて……」
 眉を吊り上げ、肩を怒らせ、こちらを睨んでいるのは、栗色の艶やかな髪を腰のあたりまで伸ばした女だった。
 腰には鋼糸と蛇革で作られたであろう鞭を巻いている。
 かわいらしい顔立ちとは裏腹に、怒気をを含んだ顔には中々の迫力があった。少女という程度の年だろうか。
「あんた、まさか追手?」
「……」
 なんと答えようかと押し黙ったのが悪かったのか、女は確信したとばかりに詰め寄ってくる。
「そうやって私のことをお父様に報告してたのね、なんていやらしいっ」
「いや、いやらしいって……」
「ちょっと、それ貸しなさいよっ!」
 無理やりスケッチブックを取り上げると女は内容を覗き込む。
「えっ……か、かわいい……」
 さもありなん。猫は世界の宝だ。
「さて、誤解は解けたかな?」
「えっと、その、ご、ごめんなさい」
「じゃぁ返してもらえると嬉しいんだけどな」
 慌ててスケッチブックを返してくる少女。
 生き別れとなった妹のアルテリアと同じか、少し上といったところだろうか。
 既にスケッチしていた猫の姿はない。
 驚いて逃げてしまったに違いなく、目の前の少女に恨めしい気持ちを抱くアルディン。
 猫は諦めるとして、困った顔で立ちすくむ少女をそのままに、とりあえず荷物をまとめようと振り向き屈むアルディン。
 すると、件の少女が再び声を上げた。それも、悲鳴をだ。
「ちょっと何すんのよ!」
 振り向けば、怪しい男たち2人組に少女が担がれているようで、明らかなピンチなのだろう。
 だが、アルディンはそれをのんびり見つめていた。
「そこのあんた助けなさいよ!」
「いやなぁ、どっちかっていうとこのまま持ち帰ってくれたほうが俺の旅が平和な予感がしてなぁ」
「だぁーっ、美少女がさらわれそうになってるのよ!」
「だってお父様って言ってたし、どうせ家出だろ?」
「なっ……」
 なんでそれが分かるの、と言いたげに驚愕する少女。
 暴れるのが収まったのを機に、怪しい男達は下品な笑みを浮かべて連れ去ろうとする。
「まぁ、もっとも、そいつらは別口のようだがなっ!」
 目にも止まらぬ速さで踏み込むと、一瞬のうちに間合いを詰め、まずは少女を担いでいる男のわき腹に一撃拳を見舞う。
 次いで苦悶の表情を浮かべると同時に打ち込んだ右拳を振り上げ、裏拳で隣の顔を弾くと、そのまま勢いを殺さず回し蹴りを最初の男に叩き込んで吹き飛ばした。
「えっ、えっ?」
 落ちてくる少女を受け止めると、アルディンは軽くステップを後ろに踏んで距離を取った。
 鼻を殴られたのか、顔を押さえながら男がナタのような刃物を振り上げる迫ってくるのを、アルディンは少女を抱えながら、右へ左へと交わす。
 そのまま足を突き出すようにして怪しい男の腹を蹴り倒した。
 どうやら怪しい男達はすっかり気を失ってしまったらしい。
「ほらよっ」
 そのまま立たせてやる。
「うそ、一瞬で……」
「セリフもない雑魚キャラには負けんよ」
「あんた、凄腕の傭兵か何か? その顔どこかで見たような」
 少女がそう言った瞬間。アルディンの目つきが変わる。
「お、俺を知ってるのか!?」
 少女のセリフにアルディンは思わず相手の肩に手をかける。
 戦争が終わって数年、それははじめての出来事だった。
「俺が誰だか知ってるのかって聞いてるんだよ!」
「ちょっ、い、痛いよ」
「っ……わ、悪い」
 痛がる少女に己を取り戻したアルディンは、それでも真剣な顔で少女を見つめていた。
「あたしはアリシア。あんた強そうね、名前教えてよ。聞いたら完全に思い出すかも」
 アルディンはそこで悔しそうに顔を歪める。
 アルカードの名を発声することはできない。そういう呪いでもあるのだ。
「なんか、嫌そうな顔ね。そうそう、どっかで見たと思ったら、あんたシルグムント戦役で活躍した傭兵でしょ」
 アルディンはがっくりと肩を下ろす。
 どこで見たかなぁと思いを巡らせる少女を他所に、アルディンは嘆息を漏らした。
 アルカードではなくアルディンとして知っていたというだけなのかと。
 あるいは、この呪いが、アルカードの存在をアルディンに上書きしているのかもしれない。
 改めてその事実に直面すると、少し心に重い。
「あたしの名前はアリシア、ほら名乗りなさいよ」
 ため息ついでに髪をかき上げ天を仰ぐ。そして、ふて腐れたように答えた。
「アルディンだ」
 
 それがこの奇妙なPTの、強いてはこの奇妙なギルドとの出会いだった。



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アルディンは筆を置いた。
日記を付けるなんて、周りには笑われるのだが、こうしないと、自分が消えてしまいそうで実は怖い。
アルカードであった記憶すら消えてしまうのではないか、自分は本当にアルカードだったのか、そんな思いが身を切り裂く。
日記を付けるのは、そんな自分を再確認して肯定してやらないと、心が壊れてしまいそうになるからなのだろうな。
漠然とそんなことを考えながら、アルディンは日記を閉じた。

激動の予感へ続く

  作者

アルディン

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