偽島、その探索を前に、アリシアは目を輝かせた。
この地には不思議なマナの力によって不思議な力が手に入るという。
それを持ち正すための宝玉さえあれば、望みは何でも叶うだろう。
「おーっす」
寝起き特有の低血圧な挨拶が廊下から聞こえてきた。開いたままの扉から男が顔をのぞかせている。
「アルディン、準備はいいかしら?」
「お前こそ忘れもんすんなよ」
寝ぼけ眼の相棒が宿屋の廊下に立っている。
ここ、宿屋レギオンズソウルは、偽島にあって島の奥地を目指すもの相手に商売をする小さな宿屋だ。
真新しい木材で作られた、出来て間もない安宿といった具合だが、野宿が続く旅を思えばこういう場所はありがたい。
所属するギルド白玉の、島の外での本拠地となる予定だ。
現在のギルドメンバーは13人。かなりの大型ギルドなのは身の安全という意味では嬉ことだと思う。
しかもクラウンフィールド皇国の姫が物資を補給し、妖魔国の貴族の娘がギルドを率いている。
東方の国の姫君や、なにやら秘密のありそうな少年も紛れ込んでいる。
戦力としては心もとないが、お金の匂いがプンプンする。
トレジャーハンターを営むアリシアとしては、見逃せない大事な要素だ。パトロンは何人いてもいい。
「他のメンバーは?」
アルディンが部屋の中を見回す。女所帯のにぎやかな部屋にはアリシアしかいなかった。
「あぁ、もう先に下の食堂に行ったわよ? 貴方が最後」
「悪い、少し寝坊した」」
「あんた意外と図太いわね」
「お前も支度遅いじゃないか」
「女の身だしなみは時間がかかるものなの。気の利かない男はモテないわよ?」
辟易したような、嫌そうな顔をしてアルディンは階段を下りていく。
「先に行ってるぞ」
ギルド内の数少ない男であるアルディンはこの島に到着する前にアリシア自らがスカウトした。
シルグムント戦役で活躍した傭兵だ。突撃部隊に参加して最後まで生き残った数少ない凄腕である。
外見からは想像もつかないが、身のこなしは大したものである。
「さーて、それじゃそろそろ行きますか」
化粧道具をポーチに仕舞い、お気に入りのレザージャケットに手を通す。
厚手の布と竜皮を使った頑丈な衣服はこの日の為に用意した服だった。
気合を入れてアリシアは部屋を出た。
「さて、なんか騒がしいけど、なんかあったみたいね」
食事を済ませ通りに出ると昨日まで閑散としていた遺跡外が人でごったがえしている。
「島の奥地へ進んでいたやつらが全員弾き出されたみたいだな」
「へぇ、良く分からないけど、再スタートってことなら、私達にもチャンスが巡ってきたってことかしら」
「どうやらそのようだな」
アルディンが目を細めて遠くを見る。チャンス到来に思いを新たにしているのだろうか。
アリシア自身はお宝目当てなわけで、大した目的はなかったりするが、他のメンバーはそうでもないらしい。
恩を売りつけるチャンスである。
どうやってメンバーの懐に入ろうかと作戦を練っていると、元気な声で商売をする声が耳に入った。
「アクセサリーはいかがですかぁ〜。お安くしますよ〜!」
声に釣られて覗き込めば、中々品の良いアクセサリーが並んでいる。しかも、どれもこの偽島製の魔力を秘めたもののようだ。
「あら、いい品ね」
商人は金髪の美女だ。顔立ちのはっきりした眼鏡をかけた女である。
「お客さんお目が高いですね、こちらのゴールドアクセなんかどうですか? 気になる彼のハートをわし掴み! 思いが成就しますよ?」
「残念ながら、浮いた話はないのよ。これおいくら?」
「2000PSでございます」
「た、高いわよ」
「あら、残念。貧乏人には用はないわ」
急に声音を変えた商人にアリシアは何かの線が切れるのを感じた。
「はぁ?」
青筋立ててアリシアが女商人を睨む。
「買えないんでしょ?」
そっけなく言う女商人の顔は既にアリシアを見ていなかった。
「それくらい持ってるわよ!」
「あーら」
細くなった商人の目が、こちらの内面を探るように見つめてくる。
「うふふ、嘘おっしゃいな」
「う、嘘なもんですか!」
「とてもそうは見えませんけど。それよりそこのお兄さん。彼女に買ってあげてよ」
『かっ、彼女って!』
「仲がいいのねぇ、そんなに顔を赤くして声を合わせなくっても」
女商人は笑いながら二人を見比べる。さらさらの金髪がかすかに揺れて、アリシアは赤面しながらもちょっと嫉妬した。
「あのね、あたしの趣味じゃないの!こんなのは!」
「貴女には聞いてないよ」
口元を押さえながら言う女商人にアリシアはさらに顔を赤くした。
「むっかつく女ねぇっ!」
しかし女商人はアリシアには見向きもせず、アルディンの手を取ってなでている。
「あら、良く見ればいい男。ねぇお兄さん。あたしに乗り換えない?」
「い、いや俺はだなぁ」
真っ赤な顔のままアルディンは手を引っ込めた。
「うふふ、かわいいわ。決めた、貴方私とパーティを組なさい」
「パーティー?」
「そう、あたしこう見えてもザラ通商連合の一員なの、あたしと組めば、この島のお宝で稼げるわよ」
「へぇ、ザラのコネクションは悪くないな」
アルディンは顎に手をやり思案する。ザラ通商連合といえば世界に流通網を持つ巨大商業連合だ。
その総資産は一国を丸ごと買い取れると言われる金融の帝国である。
「ちょっとアルディン!」
「どっちかって言うと、お前にとって有難い話だと思うんだが?」
キッっとアルディンの顔を睨むアリシア。アルディンはその頭をぽんぽんと叩いてから、アルディンはその手を女商人に差し出す。
「俺はすでにここの攻略ギルドに参加しててな、あんたが良ければ、だが一緒に来るか?」
「あら、先約があったの、残念だわ」
アルディンとのやり取りを見ていれば分かりそうなものだと、アリシアは思ったが、そこはぐっとこらえる。
ザラ通商連合と取引できるということは、それだけで信用が手に入るということだ。
怪しげな古物商に買い叩かれることもなく、適正価格で取引できるというのは、トレジャーハンターにとって喉から手が出るほどほしい換金ルートである。
やきもきしながら、うつむいている間に、わざとらしくクラウディアはアルディンの手を取った。
「丁度材料切らしててね、それに、あの様子見ると、先行者特権色々ありそうなのよね」
頭に魔方陣の文様を思い描いているのだろうか、瞑想するように立ちすくんだ後、大きくかぶりを振ったり、何事か叫んだりする探検家が見受けられる。
「今ならきっと美味しいイベントが山盛りなはず」
「商人の嗅覚か?」
「女の勘かしら?」
眼鏡越しに微笑む笑顔に妖艶さが滲む。
「アルディンだ。傭兵をやっている」
「クラウディアよ、よろしく」
微笑ましく握手する二人。それをワナワナと眺めるアリシア。
「だぁ、あたしを置いてくなぁ!」
アリシアは一人天にむかって叫んだ。
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そんなこんななクラウディアとの出会いは思い出したくもないのだけど、アルディンに言われて日記をつけることにした。
あいつは何であんなに大雑把なのに日記をつけるとかマメなことをするのだろうか。
変なやつだ。
さて、夜も深い、今日はここで筆を置くことにする。
受難の門へ続く
作者
アルディン
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