いよいよ島の探索に乗り出した俺たち。
姦しい一行の行く末に小さな不安を覚えるアルディンではあったが、己の呪いを解く為なら今は何でもできる気がする。
祖国が潰えて何年が過ぎただろうか。
散り行く兵士たち、圧制に耐える国民たち、その怨嗟の声が耳元で聞こえるようだ。
私がいれば……何故皆私を理解してくれないのか。
存在の消滅を進行させる呪いを知ったのは北のクリステル諸国連合へと落ち延びた時、名のある魔法使いに己の状態を調べてもらった時だ。
おそらくはベルフェゴール侯がその末期に使ったのであろうと推測されるこの呪い。
存在を別のもので上書きし、以前の自分がいなかったものとする消滅の呪いらしい。
上書きされる存在は、狂気と絶望で色づけられた別の何か、だ。
最初は死の呪いなのだと理解していた。やがて死んでしまう、そんな呪いなのだと。
だがそれは違う、これは死を用意する呪いなのだ。
今日改めてそれを知った。
「アルディン、ここ洞窟の中よね?」
「ああ、そのようだが。やはり信じられんな」
相棒のアリシアが聞いてくる。ギルドの面々も一様に躊躇しているようだった。
「意識内に思い浮かべた魔方陣の場所まで移動できるとは、便利なものだな」
驚愕まじりのため息を出すアルディン。
見れば次々と現れる他の探索者の中には、慣れた風に先にすすむものもいる。
「不思議な力の満ちた空間、これがマナの力ってことか?」
「まぁ何でもいいけど、こういう不気味さは想像してなかったわ」
洞窟内に天井がなく、緑生い茂る通路は非常に広い。
ルート的には険しい密林山岳地帯を避けて、平原を進むことになる。
慣れるまでは無理はしないほうが良さそうだとの意見が多勢を占め、平原の奥へと進むこととなった。
「さて、何にしろ、とりあえず先に進むか」
食糧の備蓄状態を考えるに5日程度の探索が限界だと思われる。
それまでに次の魔方陣を探さなければならない。
前探索者でもあるマリナ皇女が言うには、4日もすれば定期的に魔方陣が見えてくるとのことだが、さてどうなることか。
そういうマリナ皇女はほんわか雰囲気を出しながらゆっくりとギルドを先導している。
「……それにしても薄気味悪いわねぇ」
クラウディアが眉根を寄せて周囲を気にしながら進んでいる。
見たこともない植物に戸惑っているといったところだろうか。
「どうせならもっと鉱物とか光物が出るルートの方が好みなんだけど」
思わずげんなりと、呆れ顔をする。心配して損をした。
「クラウは以前も探索してたんじゃないのか?」
「あぁ、私は商売に来ただけだから奥までいってないわ。一人でここを進めって言うの?」
見上げがちにいかにも怖そうな、それでいて甘えた顔をしてくるクラウディアに思わずどぎまぎしながら咳払いをする。
「そ、それもそうだな。いや悪かった。確かに一人では危険が大きそうだ」
なんでその後クラウディアがクスクスと笑ったのか良く分からなかったが、周囲を警戒しながら進むこととする。
「何でも巨大な動植物が襲ってくるらしいわよ」
「情報収集に余念がないな。巨大な動植物っていうと、バッファローとかグリズリーみたいなやつか?」
うなづくアリシアに、クラウディアがつぶやく。
「大河ぁちゃんみたいに可愛かったらいいのに」
てくてく歩いていた大河ぁなる名前の付いた白い猫の頭をなるクラウディア。
「ないない…って、痛てっ」
思わず呟いた俺の二の腕をつねってクラウディアは先に行った。
確かに大河ぁは可愛いがその発想はどうだろう?
ギルドのおもちゃ化している白い猫はそしらぬ顔でガオーと答える。
「クラウ、痛いって」
「そこは同意しておくべきとこよー。最初はふわふわのもこものが出てくるって相場が決まってるの!」
何が珍しいのか駆け出しながら近くの草を色々見て回っているのは、可愛いような気もする。
「ないから……」
がくりと頭を垂れるアルディン。
「クラウディアって意外と天然なのかしら」
アリシアが先に進むクラウディアを見ながら、本人に聞こえないように小声でささやく。
「……あれは計算づくね、恐ろしい子」
いつもは無口な霜月が額に小さな汗を流して否定した。
全身黒尽くめ、小型の弓を手に歩を進める霜月はギルドの数少ないアーチャーだ。
「……演技派なのね。気をつけないと」
ある意味このダンジョンに足を踏み入れた時以上に恐怖の顔をしながらアリシアが言う。
アルディンは今の会話は聞かなかったことにして、先行するクラウディアを追いかける為補足を早める。
いや、それが一番懸命な策のように思えたんだが、違うだろうか?
ギルドのメンバーは三人で一つの班に分割され、スリーマンセルを作るようになっている。
アリシア、クラウ、アルディンが一つの班だ。
位置的にはギルドの先導者であるクラウン皇国班に続いて進むこととなる。続くというよりは、皇国班の護衛という形だが。
そして中心となる位置にギルドマスターの班があり、遅れて二つの班が続く。
もっとも、険しい道が続くわけでもないこの平原では、PTの順番等ないように各々が自由に歩いていた。
「それにしても、以外と平和ですわね。拍子抜けしましたわ」
ギルドのマスターであるメリュジーヌが言う。
メリュジーヌ・ユベール=ベルフェゴール、因縁の名前だ。
呪いのせいでこちらに気づくことはないようだが。
彼女が声を発するとどうしても気難しい顔をしてしまう。
この出会いも呪いの一端であろうが、平静を保つのは案外難しい。
「そうでもないみたいよ? ほら、メル」
姉妹の長女であるアスナが注意を促した。
アストレア・ミレ=ベルフェゴールが正式名称だ。
彼女が手に持つ魔剣に、アルディンが背負う布で覆った斧槍が反応してうづいたように浅く震える。
≪だまっていろよ? ガリウス≫
≪………≫
アルディンはそう呟くと手にした鋼の斧を握りなおし、前線へと足を進める。
モサ……モサモサモサ
モサモサモサッ。モサモサモサモサモサモサモサモサモサモサモサモサモサッ。
大量に現れる異形のモンスター。木々の陰からしわくちゃの人の顔をした草が襲い掛かってきた。
全身緑。
葉緑素で覆われた異形の顔。
ヨロヨロと動くその仕草は、腐敗したアンデットように嫌悪感を誘う。
『ッキャァーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?』
悲鳴と共に逃げてくるクラウディア、そして顔を青くして逃げるアリシア。あれ?
ペルフェゴール姉妹も全員が嫌悪感に距離を取り、霜月は遠距離から弓を構え、その周りに残りのメンバーが集まっている。
「あ、あれ?」
50メートルくらいあるだろうか。アルディンとその他のギルドメンバーとの距離は。
「え、えーっと」
「モッサァァァ」
総勢15匹の草の化け物に囲まれて、アルディンは吼えた。
「ちっくしょぉぉぉっ!」
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とりあえずなんとか生き延びた。
今後、大丈夫だろうか、俺。
夜の帳の中でへ続く
作者
アルディン
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- 探索最初の敵との接触はこんな感じかな?