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SS:夜の帳の中で

 ぱちぱちと薪が爆ぜる。
 夜の帳が落ち、辺りに虫の音が静かに聞こえる静寂があった。
 既に夕食も取り、ギルドの面々は休息のため簡易作成したテントの中に入っている。
 大人数の為テントの中には寝袋や毛布に包まる一同がいることだろう。
 男性のアルバレットとアルディンは交代で夜営の見張りになることが多いので、寝袋を外に出して寝ている。
 もちろんのこと、メンバーは交代で見張りをするようにしているのだが、立場上二人に順番が回ってくる回数が多い。
 今はアルバレットは脇の木の近くに寝袋を横たえ、眠っていた。
 アルディンは火に薪をくべながら、星空を見上げた。
 洞窟内なのに空があり、夜が来る。
 満点の星空は、しかし今まで見慣れたものとは違う異質なものだ。
 瞬く星々の一つ一つは美しいのに、まるで、何かが星空を真似しようとして失敗したような、歪な配置だった。

「アルディンさん、寒くない?」
 振り向けば黒髪に黒目の凛々しい顔つきの美女がほほえんでいた。ギルド内唯一のアーチャー霜月さくらだ。
「霜月か、まだ交代の時間じゃないだろ?」
 アルディンは座っていた位置を少しづらして霜月が座りやすいように場所を開けた。
「目が覚めちゃってね。寝るの早かったから、早めに交代するよ」
 遠慮せずに隣に座る霜月。
「そういうことすると、後でちっちゃいマスターが五月蝿いんだよ。レディーファーストって何処の言葉なんだろな」
「あら、可愛いじゃない」
「可愛いのか? 可愛さ余って憎さ100倍だぜ」
「ふふっ、それこそ後ででとっちめられるわよ?」
 テントの方からくしゃみが聞こえた。
 それを聞いて顔を合わせる二人。
 思わず二人で笑う。
「記憶は少しでも戻ったのか?」
 ひとしきり笑った後アルディンが切り出す。
 まだ眠気が襲ってこないのもあった。
「いいえ、まったくよ。何かきっかけがあるといいのだけど」
 そう言いながら霜月は夜空を見上げた。
「でも、こうしてると、記憶なんて作ればいいじゃないって思うわ」
 瞬く星の下、アルディンには目の前の女性が誰よりも気高く感じられた。
 記憶を無くしたことはないが、周りに絶賛忘却され中の自分としては、とても最初はそう思えなかった苦い思い出がある。
「強いんだな」
「そうでもないわよ」
 火に手を向けながら、霜月が一人ごちる。
「正直、記憶を失って、どうしていいか途方に暮れて、こうやって皆と出会えたことは幸せだと思うわ」
「幸せか……」
 ごそごそと音がするかと思うと、テントから一人の少女が出てきたところだった。
 見ればゆっくりとギルドメンバーのロシェルが近づいきていた。
「ロシェルさん……寝れないの?」
「あ、うん……」
 ベルフェゴール姉妹の次女、ロシェル。
 アルディンは彼女を静かに、じっと見つめた。
 果たしてアルディンにとってこの出会いは幸せなのだろうか。
 自身に呪いをかけた相手であり、この手で命を奪った妖魔公爵、その娘ロシェル。
「夜更かしはいかんな。明日に堪える」
「ボクだって、見張りするよ」
「……そういうわけにもな、いかんだろ」
「ボクだって、もう一人前なんだ……」
 しばしお互い顔と顔を向けあうアルディンとロシェル。
 複雑な思いだった。
 成長しようとするロシェルを応援する一方で、軽蔑して、心の鬱憤を当り散らそうとする思いと、どちらもが混在していた。
 この思いは、呪いを受けてからの時間は、そんな簡単に氷解して消えるほど安っぽいものでもなく、短い時間でもなかった。
 霜月がロシェルに手招きをする。
「おいで」
 言われて嬉しそうに、霜月の隣にちょこんと座るロシェル。
「じゃぁ私と一緒に火守りしようか」
「ほんとうに!?」
「霜月……」
 咎めるアルディンを霜月はやんわりとなだめる。
「アルディンさんはもう寝る時間でしょ? 無理はいけないわ」
 言う霜月の隣には、いつのまにか出てきたのか、テントの中にいたはずの大河ぁがいた。
 ロシェルに付いてきたのだろうか、顔を撫でて毛づくろいしている。
 その大河ぁを抱き上げた霜月はひざの上に乗せるて背中を撫でてやる。
 にゃーと大河ぁが鳴いた。
 偽島の、危険なマナの満ちるダンジョンの中、場違いな光景だ。
 だけども、アルディンは不思議と気持ちが落ち着くのを感じていた。
「まぁ、いいだろう。その代わり、しっかり火を見て、周囲を警戒しておけよ? 寝てる皆の安全はお前の双肩に掛かってるんだ」
「うん! ボク頑張るよっ」
 張り切るロシェルを見ていると、少しだけアルディンの中に巣食うしこりが取れた気がした。
 ふと、アルディンが気づく。
 傍らに置いた魔斧槍ガリウスがロシェルに反応を示さない。
 妖魔の血を感じるとそれを欲し、自ら主張をする魔斧槍。今は魔力を遮断する布で穂先を覆い、その存在を隠している。
 ガリウスを隠し、普段は鋼鉄製の斧を使って戦っているのは、ギルドメンバーの妖魔の血に反応してガリウスが脈動するのを防ぐ為だ。
 意思を持ち、自ら獲物である妖魔を求めるこの魔斧槍をギルド内で奮うのは躊躇われる。
 そのガリウスが妖魔の血筋であるはずのロシェルに反応を示さないのは何故なのか。
 この距離なら布の力など関係ないだろうに。
 唐突に気づく。
「ロシェル、お前もしかして人間なのか?」
「あれ、分かった? ボク、メルとは血は繋がってないんだ。アスナ姉さんは母親が一緒なの」
 あっけらかんと堪えるロシェルの膝へ、大河ぁがぴょんと移動する。
 楽しそうにそれを受け止めるロシェルには何の悪意も、妖魔の欠片も見当たらなかった。
 妖魔の血を持たない、妖魔、何だろうこの皮肉は。
「すまない、変なことを聞いたな」
「いいよ、似てないって良く言われるし」
「ここへ来た目的は、公爵家の復興、だったか」
「そうだよ。どっちかって言うとアスナ姉さんの役に立ちたかったんだけどね」
「そうか……」
 自分たちと何も変わらない、本当に普通の人間なのだ。
 アルディンは、ロシェルに憎しみを抱いている己を恥じた。 
「……親父さんのことは覚えてるか?」
「うーん、正直ボクはあんまり覚えてないんだけどね。ほら、直接血は繋がってなかったから。でも優しくしてもらったかな」
 少し間を置いて、思い返すように言うロシェル。
「それに、本当のお父さんだと思って育ったし」
「以外だな、妖魔の侯爵っていうと厳粛な感じがするけどな」
 努めて、平然と答える。
「そりゃぁけっこう厳しいところもあったよ。メルなんか怒られてばっかりだったし。でも……」
「でも?」
「なんていうのかな、僕人間だけど、お父さん死ぬまで僕のことを、人間の癖にとか、人間だからとか、一言も言わなかったんだ──アスナやメルと平等に扱ってくれたんだ。だからだと思う……僕お父さんのことけっこう好きなんだ」
 そう言ってうつむきながらはにかむロシェル。
 父を思い出しているのか、昔の生活を思い出しているのか、少し頬がゆるんでいる。
「ロシェ」
 霜月がそう言ってロシェルを抱きしめた。
「あぅ、ちょっと霜月さん」
「いいから少しそうしてないさい」
 ロシェルがあぅあぅ言いながらが頬を少し染めているのに、思わずアルディンは笑みを零した。
 案外他人からの善意に慣れていない子なのかもしれない。
 大河ぁがにゃぁーと鳴いた。
 ここが偽島と呼ばれる所以は、似て非なるこの空、星、草、土、それら作り物の世界にあるのだろう。
 あるいは空気さえも、もしかしたらマナの作用によって普通とは違うのかもしれない。
 だが、今この目の前にある人々の暖かさ、それこそは真実の姿だった。
 呪いがなんだと言うのだ。
「それじゃぁ二人とも、よろしくな」
 ようやく解放されたロシェルが大河ぁを抱いてアルディンがいた場所までやってくる。
 ロシェルの顔の前に軽く拳を突き出したアルディンに、一瞬驚いたロシェルが同じように拳を突き出し軽く手をぶつけた。
「おやすみ、アルディン」
「あぁ、おやすみロシェ」
 遠くで鳥がホーホーと鳴いた気がした。

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今日も日記を付ける。
なんというか、己と向き合う必要性を感じた。
まだまだ、俺は未熟者だ。

屋根裏の秘密へ続く

  作者

アルディン

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