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SS:命脈する紋章

「何の気配だ……?」
「何か感じるのか?」
 急に周囲を伺うアルディンにガリウスが声をかける。
 平原での一戦が終わって山岳を移動していた最中、昼食を取るアリシアとウィオラに先行して周囲の斥候をしていた。
「いや、気のせいかもしれないが、さっきからずっと見られているような、そんな感じがする」
「ふむ、近くにエキュオスでも潜んでいるのやもしれんな、気をつけるがいい」
 この近辺に潜むエキュオスは危険な種が多い。注がれる視線が確かな危険なら後方に下がって3人で進むべきだろう。
 アルディンは歩みを止めた。
「策敵機能とかないのか? お前」
「我を何だと思っておる……。マナの感知というなら出来なくはないが、この島はマナに満ちている、草も木も、全てが染まっておる。判断しろと言うのもむりであろう」
「そんなものか」
「そんなものだ」
 落胆気味に言うアルディンにきっぱり答えるガリウス。
「それよりさっきから何をしてる」
「あぁ、最近古傷が疼いてな。ほら、ここ」
 言ってアルディンは腕を捲くる。
 それは戦場で某上級妖魔から受けた傷だった。
 傷の周囲に小さな紋様が浮かび上がっているのが見て取れる。
「痛みはないんだが、なんか変な紋様とか浮き出てるし、どうにも気にかかる」
「……なるほど」
「どうした?」
「アルディン、我を今すぐ破壊しろ」
「何を急に」
「それは死紋の一種だ」
「死紋?」
「マナの影響かも知れぬ。呪いがいびつな形に歪んで来ているのであろう」
「歪むって……お前分かるのか?」
「この死紋の知識は以前屠った妖魔の中にある」
「知識って、お前どんどん成長してるなぁ。なんかそのうち実体を持ちそうだな」
「……その通りだ」
「その通りって、いよいよ実体化するのか?」
「そうではない」
「んじゃ何だって言うんだよ」
「その死紋、我とお主の境界線が薄れている証拠だ。死紋はやがて拡大しその範囲を広げていく」
「唐突な変身だな」
 苦虫を噛み潰したように渋面になってアルディンは呟く。
「深刻な話だ。このまま時間が経てばお主の中で我が実体化する。つまり、我がお前を乗っ取る」
「そいつはまた……ヘビーだ」
 表情を曇らせたまま、しかしあいも変わらず嘆息ついでに言うアルディン。
 その表情にはそれほど深刻そうな雰囲気はない。
「分かっているのか? 存在を削られた挙句、乗っ取られるのだぞ?」
 元々抑揚のあまりない喋り方をするガリウスに、珍しく苛立ちのようなものを感じてアルディンはふと可笑しくなった。
「つってもなぁ、俺は俺、お前はお前。乗っ取られるって決まったわけでもないだろ」
「このままではいずれそうなるのは明白だ。もう一度言う、我を、破壊せよ」
「なぁガリウス。今でこそ言うが、俺がお前を破壊しようとしてなかったと思うか?」
「……なに?」
「戦闘のたびにあれやこれやで、叩き折ったり、溶解させてみようとしたり、いろいろ試したんだがな……無理だった」
「お主……そんなことを。扱いが荒いと思ってはいたが」
「千鶴が言ってただろ、お前が呪いの核だって。んでお前が俺の存在を削ってるって。つまりはお前をどうにかできたら俺は助かる。呪いも解ける」
「それは真にその通りであろう」
「俺に取っての因果の呪いは、因果の中にお前が含まれている限り存在消滅の呪いと同義だ。
 千鶴の言っていたことは的を得てる。何処で調べたのか知らないが、真実だろうな。
 お前からも距離を取ろうとして宿屋にお前を置いてった時は、何故か知らんが宿屋のおばちゃんから荷物を預かった小さな娘っ子がお前を持ってきたしな」
「そんなこともあったか」
「ギルドから距離を取ったつもりが何故かウィオラやアリシアに捕まった」
「難儀なものだ」
「流石は名高き魔斧槍、物理的に破壊しようとしても破壊できない。距離を置こうとしても直ぐに近づいてくる。つまり、呪いを解く方法を見つけないことには、現状解決できる方法がないんだ」
「……なんと、お手上げではないか」
「だろ?」
「意外に考えていたのだな……すまぬアルディン」
「どした急に」
「もう少しお主が馬鹿だと思っておった」
「言ってろ」
「死紋が広がればやがてお主の体は我に取り込まれていく。その点は予測ではない、事実だ。同様の事例を知識として我は知っている」
「わかってるよ。つまり、いよいよタイムリミットが始まったって事だろ」
「……もっと動じると思ったが、意外と落ち着いているな」
「何年も死を覚悟してこの呪いと一緒に生きてきたからな。まぁ、目に見えるようになった分少し重たいけどな。覚悟の上さ」
「そうか……」
「そうだよ、お前は気にせず頑丈な魔斧槍やってればそれでいいさ。少なくとも戦闘ではこれほど有り難い武器もない……っと、あれはなんだ?」
 上空で旋回する青い物体を遠目に見上げながらアルディンが言う。
「青龍であろう」
「アルルか」
 どこかで見たことがあると思えば、サクラのお供、アルルだった。見上げると印象も違って見える。
「オイ、ひーろーサンヨ。サクラカラ届ケ物ダヨ」
「ん?何だ、これ?」
「開ケリャ分カルヨ。 ゴ愁傷様 」
「ふーん、何だろ?食い物みたいだけどなー」
「ソレジャマタナ」
 アルルは軽く手足でさよならのジェスチャーをしてそのまま飛び立っていく。
「っておい、アルル! ……何だよ久しぶりに会ったってのに」
「荷物の運搬に使われるとは、可愛そうに」
「さっき感じた気配はアルルのだったのか」
 アルディンは首を傾げる。
 そんな感じではなかったのに、と感じた視線、その気配を思い出す。
「見られているというあれか」
「そうそうそれ……」
 突然殺気を感じてアルディンは腕を上げて顔を庇う。
「っ!」
 飛来した鋭い短剣がアルディンの二の腕から肩にかけて突き刺さる。
 丁度、死紋が浮き上がっていた位置にそれは命中した。
「アルディン!」
 咄嗟に反応した魔斧槍ガリウスから周囲に力が迸る。
 軽い衝撃派が放射状に周囲に放たれるが手ごたえはない。
「ゆ、油断した……」
 刺さった短剣を抜き捨てながらガリウスを片手で構えて周囲を警戒するアルディン。
 ただの短剣ではない、魔力の込められた暗器だ。
 しかも地霊の力が込められている。大地との結びつきを強くする術がかけられいたのだろう。足が重くて動き辛い。
 上、右、左、背後と全方位から矢継ぎ早に投擲される短剣を叩き落しながら、痛みよりも虚脱感が自身を包んでいくことに違和感を覚えた。
 動脈を傷つけたかと焦りながら、攻撃の合間を縫って腕を見る。
 血が薄れていくような、何かが抜き取られて行くような虚脱感に目を向ければ、そこには先ほどより大きくなった死紋があった。
 傷口から死紋が徐々に広がっているのだ。
「なんだ……これはっ!」
 死紋は命脈する様に徐々に広がり、その度に瘴気が体から溢れる。
「い、意識がっ」
「アルディン気をしっかり持て! 死紋は存在の侵食が進んだ結果だ! 意思を強く持てば死紋は退く!」
「く、くそぉっ」
 木々の合間の深い闇、そこからさらに短剣が飛来する。
 巧みにガリウスを操り叩き落すも、斧槍捌きに陰りが見える。
「何処だ、何処から狙ってくる!?」
 的確に死角から遅い来る投剣にアルディンの焦りが増していく。
 相手は多数の可能性が高い、何本あるか分からない短剣の打ち止めまで粘れば勝ちか。
 それとも次のアクションがあるのか。
 一人の所を狙って襲ってきた以上計画的にこちらを付け狙っていたに違いない。
 噂に聞く冒険者狩か。
 はたまた別口か。
 いずれにしろ、止まっていては死を待つだけだ。
 血で赤く染まり、徐々に広がっていく死紋を片手で押さえつけるアルディン。
 感覚の戻りだした足に鞭打ちながら、アルディンは逃走に移った。

魔獣、覚醒へ続く


*****
前回遊びで書いた一人称ですが、また元に戻したり。
あの描き方はあれで好きなんですが、コメディーにしかできないのが難しいところですよねー。

 作者


アルディン