アスナは自分の言ったことをまだ理解できなかった。
ああ、私はそうだったのかと気づいてしまうには、まだ至ってなかった。
ただ狼狽するアスナを見かねて、メルは口を開いた。
「私は・・・アスナ姉様には妖魔になって欲しいと思っていますわ。」
メルは寂しそうな顔をして続ける。
「後100年、200年たって、私が立派な公爵になっても・・・アスナ姉様もロシェ姉様ももう居ませんものね。
今のままだと二人は私より全然先にお婆ちゃんになって・・・私を残していってしまうのですわ。」
・・・わかってはいたけど、敢えて言わないようにしていたことだった。
人間のロシェは当然として、半妖と言えど魔力を持たない自分も恐らく・・・人間と同じかそれ以下しか生きられないであろうと。
「もし・・・アスナ姉様が妖魔として生きてくださることを選んでくれれば・・・私は一人にならずに済みますわ。」
「・・・」
アスナは何も答えることが出来なかった。
メルに何か伝えたい。でも、それ以前に伝えるべきことが自分でもよくわからなかった。
そうして歩いてるうちに、二人は何も話すことが出来ないままレギオンズソウルに帰り着いた。
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「考えていなかったわけでもないけど、いきなり突き付けられると困惑するものねぇ。」
自室に戻ったアスナはため息をついた。
「え?」
例によって横で洗濯物をたたんでいたロシェが不思議そうにこっちを見てくる。
丁度相談にのってもらいたかったアスナは先ほどのメルとの会話をざっとロシェに説明する。
・・・そこに大きな地雷が潜んでいたとは露知らず。
「・・・つまり、姉さんは力欲しさに純妖魔になろうとしている。そういうこと?」
ロシェの言葉には怒気がわずかに含まれていることにアスナはまだ気付かない。
「このままだとアルカー・・・メルの役には立てそうにないからね。まったく考えていなかったわけではないのよ。でも・・・」
でも、何故かためらっている。どうしてだろう。
そのことをロシェに相談しようとした瞬間・・・
「姉様はそのためにならボクを一人にしてしまえるんだね?」
「へ?」
「姉様が純粋妖魔になってしまったら、ボクは・・・姉様との繋がりがなくなっちゃうじゃない!」
「あ・・・」
「姉様はそれでいいんだ!」
しまった、それもそうだった。
アスナとしては別に自分が妖魔になろうが人間になろうがロシェもメルも自分の妹であることに変わりはないと思ってた。
・・・というより、あまり考えてなかった。
忘れがちだがメルとロシェは姉妹といっても血の繋がりはないわけで、二人の間を繋いでるのが両方と繋がりのある自分であるとも言える。
確かに、ロシェの立場からすればアスナの妖魔化は自分が姉に置いて行かれるような風に感じられるものなのかもしれない。
「あ〜・・・ごめん。」
とりあえず素直に謝っておく。
ロシェは少し涙ぐんでるようにも見える。
それぞれ別の意味で一人ぼっちにはなりたくないというロシェとメル。
こんな選択選び取れるはずないじゃないかと、アスナは途方に暮れた。
「姉様は公爵家のためって少し力み過ぎだと思うんだ・・・。姉様には姉様の人生があるんだから、もっと自分の幸せのことも考えないと。」
ロシェは俯きながら呟いた。
多分ずっと腹に抱えてきたけど言いにくいことだったのだろう。
とはいえ自分の幸せ・・・公爵家の剣として、当主であるメルを支えていくことが生き甲斐と考えていたアスナにとっては唐突過ぎてピンと来なかった。
「ロシェ、半妖とはいえ私は妖魔の貴族よ。ベルフェゴール家の繁栄こそが私の幸せなの、わかってるでしょ?」
「わかってるから心配なんだよ・・・、だからこそ・・・姉様はそのうち家名の為に命を捨ててしまいそうな気がするんだ。」
ギクっとするアスナ。
父の仇討ちのことは話していないはず。ひょっとして多感なこの子は自分の決意のようなものを肌で感じ取っているのだろうか。
「ここに来てからというもの、姉様は全身に符を巻いたり無茶な魔剣を二本も扱ったり・・・無理やりな戦いばかりで・・・
お父様の血をひいているといっても、身体的には普通の人間の女の子と変わらないはずなのに・・・。
このままいくと・・・ベルフェゴールの家名はいずれ姉様を殺す気すらしてしまうんだ。」
「・・・」
流石にそれは言い過ぎだとロシェを軽く制しようとしたその時。
「聞き捨てなりませんわね。」
部屋の入り口にメルが立っていた。
言葉は強気だが、顔は軽く青ざめている。ショックだったのだろう。
・・・一番まずいタイミングで聴かれてしまった。アスナは頭を抱えて嘆息した。
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二人はしばらく無言で見つめあった後・・・、メルが先に口を開いた。
「ロシェ姉様、アスナ姉様と一緒に公爵家を捨ててしまわれるおつもりですの?」
「このまま姉様に無理な戦い方をさせ続けるというなら・・・それも辞さないよ。」
まずい。お互いちょっと勘違いしてる。
メルは別に自分に無理な戦いを強制し続けるつもりはないし、ロシェも別に公爵家やメルを無意味に軽んじてるというわけではない。
「ロシェ姉様とて身体は人間とはいえ、公爵家の一員ではないですか!私信じていましたのに!」
「大切なのは家名なんかじゃないよ!ボク達が家族ってことじゃないか!」
「ロシェ姉様は逃れられても、私はベルフェゴールの家名から逃れることは出来ないのですわ!」
「だからアスナ姉様を巻き込むっていうの!?このまま無茶ばっかりさせて!」
アスナはどうしたらいいかわからずオロオロするばかりだ。
まずい、止めないと、止めないと・・・
「ロシェ姉様だってアスナ姉様を巻き込んだことはありますわよ!スクールに通ってたあの時だって・・・」
「あ、あの時は姉様が自発的に助けてくれて・・・メルだってお父様の大事なツボを割った時に姉様が庇って・・・」
「ロシェ姉様はアスナ姉様の給食のプリン勝手に食べてましたわ!」
「メルだって昨日ボクのバニラこっそり食べたじゃないの!」
「ロシェ姉様と違って、お胸の成長のポテンシャルがあるから乳製品の摂取は大事ですのよ!」
「絶壁のくせに!!」
「絶壁ですけど、偽物ではありませんわ!」
「無乳!」
「偽乳!」
あっれ〜・・・。何かおかしなことになってきた。
「・・・どうやら力づくでなければわからないようですわね、ロシェ姉様は。」
「姉として、メルには少しお灸を据えてあげなくちゃいけないみたいだね・・・。」
二人とも背後から黒いオーラが噴出してるように見える・・・。やばい、戦いが始まる・・・。
「あの・・・ちょっと・・・二人とも落ち付いて・・・。」
控えめに二人を宥めようとするアスナ。
「「アスナ姉様は黙ってて!」」
「はいっ!」
・・・ちょっと止められそうな気がしない。
アスナはそそくさと騒音防止の符を部屋の四隅に貼り付けた。
妹(後篇)へ続く
作者
アスナ
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