意識を取り戻してから早二日、本当に自分が一度死んだのか疑問に思うほどの健康をアルディンは取り戻していた。
ここはレギオンズソウル。
偽島の遺跡外にある宿屋だ。
心配するロシェルとウィオラに交代で看病され、一気に回復したのだが、寝ていろとの厳命を受け、仕方なしにベットに横になりながら、アルディンはここ数日を思い返していた。
二人には暫らく頭が上がりそうもない。
それにしても、この二日間寝ている所に立て続けに人が訪れては帰っていった。
「しばらく開拓は抑えて周辺の調査をしましょう。この島に来た理由の一つは資金調達ですし」
そう言って切り出したメリュジーヌは、憔悴したギルドに一時休憩を与えるつもりなのだろう。
周辺の情報を集めて次の行程を確認する作業に奔走していた。
あるいは死ぬほどの傷を負ったアルディンを気遣っているのかもしれない。
それを思うとメリュジーヌにも頭が上がらない。
「あの魔獣……アルディンさんですね? 警告しておきます。次はありません。でも、とりあえず、今は内緒にしておきましょう」
宣戦布告と見せかけて、魔獣化したという事実を隠してくれていた千鶴の優しさが身にしみた。
恐らく言葉通りで、次回同じように魔獣化してしまったら、千鶴は止めを刺すことに躊躇はしないのだろう。
それでも、秘密としてくれたことが在りがたかった。
危険と判断して殺されても文句は言えない状態だったのは間違いない。
「言っておくけど、この借りは超大きいからね。ちゃんと返しなさいよ?」
秘密であった黒炎不死鳥の血筋だということを明かしてまで、死の淵から救ってくれたアリシアには、なんと言えばいいか分からないほど感謝している。
彼女が居なければ確実に死んでいたとのことで、暫らくは召使扱いが続くだろうが、仕方なしに従うことにしている。
なんでもこの秘密が広がると、血を求めて狩り出される危険があるとかで、ギルド内では禁則事項として喋ってはいけないこととなった。
いい加減退屈にも飽きて億劫そうに起きるアルディン。
厨房を借りてなにか食事でも作ろうかと部屋を出る。
昼下がり、買出しに出たギルドの面々は午後の紅茶でも楽しんでいるに違いない。
ふと階段を下りて1階のロビーに出ると、見覚えのある黄色い毛玉がいた。
「ぴっ」
てくてくと黄色いひよこが歩いてくる。
「お、この前のひよこが。何処かに行ったと思ったら、生きてたか」
つまんで持ち上げると羽をバタつかせて暴れるひよこ。
「ぴーっ」
「まぁこれも何かの縁だ。お前にも何か作ってやるよ。虫がいいか?」
「ぴーっ!ぴーっ!」
ものすごい速度で首を振るひよこ。あまつさえ噛み付いてくる。
「嫌そうだな……。トウモロコシのスープでも作るか」
「ぴっ♪」
納得したようにうなづくと、鍋の方を指差した。
「へいへい。急ぎます」
相変わらず利口なひよこだと感服しながらアルディンはひよこをテーブルの上に置く。
手早く野菜を切り、水を鍋に張る。火を起し、沸騰させる。
「あーっ、アルディンさん起きていいの?」
「おろ、アルトか。久しいな。買出しにはついて行かなかったのか?」
フライパンを握り、自分用の目玉焼きを作りながら問えば、少し俯いたアルバレットから答えが返ってくる。
「……一緒に行くとおもちゃにされるんだよね」
思わず声を上げて笑うアルディン。
「ハッハッハ。まぁ、お前は可愛いからな」
「アルディンさんまでっ! だいたい男に向かって可愛いとか、酷いよ」
「まぁそれも人生勉強さ。お前も食うか?」
不服そうな顔のアルバレットは、アルディンが差し出す皿の匂いに相好を崩す。
「いい匂いだね。何作ってるの?」
「目玉焼きと野菜炒め。パンにでも挟むか」
「いいねー。食べる食べる」
「ちょっと待ってろ、直ぐにできるからその間ひよことでも遊んでろ」
「あはっ、このひよこ何? かわいぃ」
「俺の心の友だ」
「アルディンさんこのひよことお友達なの?」
「ツーカーよ、ツーカー」
「ぴー・・・」
ひよこがオヤジでも見るような冷めた視線を送る。
「な、なんだよっ、変なこといったか?」
「へぇっ。僕アルバレット。ヨロシクね!」
「ぴっ」
何やら友情を芽生えさせた一匹と一人が談笑してる間にアルディンは料理を仕上げた。
「ほらよっ。あんまり味には期待するなよ?」
「おー、アルディンさん意外に料理上手いんだね」
「意外は余計だ。まぁ男料理だし、味は少し濃いだろうが、返品は受け付けないぞ」
小皿にコーンスープを取ってひよこに与えるアルディン。
「いっただきまーす」
「ぴーっぴっ」
二人の食べっぷり見て軽く笑うアルディンが自分の分を用意した時、再び戸口に人影が現れる。
「アルディンさん。体はもういいんですか?」
アルバレットと同じ台詞を言ったのは、アルテリアであった。
アルディンがシルグムント王国の王であった時、まだアルカードと名乗っていた頃、アルカードが目に入れても痛くないと思っていたただ一人の肉親。
大切な妹だ。
もっとも呪いのせいでアルテリアはアルディンをアルカードだと認識できない。
伝えたくても伝えられない、そんな思いに胸が詰まる。
「あぁ、もうすっかり良くなったよ。心配をかけたな」
「アルマちゃんも一緒に食べようよ」
手招きに応えるアルテリア。
アルトに招かれるまま近寄るも、途中ではっとなって止まる。
「わ、私はこれでも男子です。ちゃん付けで呼ばないで下さい」
ひよこがぴよっとアルテリアに駆け寄る。
アルテリアをじーっと見て、そしてアルバレットはアルディンへと目線を贈った。
「……もういいよね」
「あぁいいと思うな」
アルバレットの送ってくる視線の意味を的確に察しながら、小さなため息を漏らすアルディン。
「ねぇアルマちゃん」
「ちゃん付けはやめてってさっきから……」
「女の子なんでしょ? 色々事情ありそうだけど、ここでは秘密にしなくて言いと思うよ」
「ま、そういうことだ。無理するな」
大したこともないように言う二人に、アルテリアは絶句ししばし動きを止める。
「えっと……い、いつから気付いてたんですか」
「最初から」
「最初からだよー」
「ぴーっ」
再び絶句。
再起動するのを待って、お茶を注いで差し出すアルディン。
「そ、そうですか……。私が女だということは他の人は気付いてるんでしょうか?」
そのお茶を飲んで息を整えたアルテリアが真剣な面持ちで聞いてくる。
「あー多分全員知ってると思う。まぁあえて誰も言わなかったとは思うけど」
「私……なにやってるんだろう……」
どんよりと表情を曇らせたアルテリアが愕然とうな垂れる。
「はっはっは。まぁ落ち込むな。ほらこれでも食え」
「ハムサンドですね……。美味しそう。そういえば昔お兄様が不器用な手で作ってくれましたっけ」
「味も似てます」
「そういえばアルディンさんってアルカード兄さんに似てますね」
「へぇアルマちゃんにお兄さんいるんだ」
「随分前に亡くなりましたけどね」
「あー、えーっとそれはその……」
しどろもどろになるアルバレットにくすりと笑うアルテリア。
「気にしないで下さい。お兄様は立派な最後を飾ったのですから。全て戦争が悪いのです」
「戦争でお兄さんを無くしたのか……。よし、じゃぁ今日から僕がアルマちゃんのお兄さんの代わりになるよ」
「はっ?」
今度はアルディンが硬直する番であった。
──こいつ……な、何を言ってるんだ──
「大丈夫、迫り来る敵を千切っては投げ、千切っては投げ!僕がアルマちゃんを守るよ」
「アルトさん……」
「ちょっとまった!」
大きな声を上げるアルディンに二人は少しびっくりした顔を向ける。
「お、俺もアルカードとやらの代わりになるからな! ばっちり任せろ!」
「・・・うん!」
照れくさそうにアルテリアが微笑む。
つられて笑うアルバレット。
「それにしても、このひよこなんなんですか? 可愛いですね」
「あぁ、こいつ俺のペットなんだよ」
「ぴぃぃぃぃぃっ!」
「痛い! 痛い! 何だよっ!」
一通り突っつくと勝ち誇ったように胸を張るひよこ。
「訂正するよ、俺の友人です」
「ぴっ」
「ふふふっ、言葉が分かってるみたいですね」
「可愛いよね。ほら、野菜炒めだよ、食べるかな?」
ぱくりと噛み付く。
「雑食ですね……何の雛かしら」
「案外成長したら大きくなったりしてな」
談笑する一同を宿屋の暖炉が暖かく包んでいた。
ふとアルディンは気付く。
先程アルテリアは何んと言ったか。
──アルカードに似ている、だと?──
呪いの力によってアルディンをアルカードだと認識することは出来なくなっていたはずだ。
アルディンが相手にそう告げても、相手には聞こえない。認知されない。
それが、似ていると言ったか。
メリュジーヌや千鶴のような例外はあった。しかし、アルテリアにはこれまでも何度が告げようとして失敗した過去がある。
アルディンは震えた。
それは間違いなく、呪いが解けつつある証拠であった。
自分がアルカードだと、王であると告げることが何を意味するのか、何度も考えた問いが再び頭をもたげる。
アルテリアとアルバレットの談笑が遠くに聞こえる。
嵐でも近づいているのか、風の音が嫌に耳に付いた。
ウルディアの予言へ続く
作者
アルディン