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SS:ウルディアの予言

「アルディンさんどうしたんですか?」
 宿屋レギオンズソウルの庭に横になり、アルディンは日向ぼっこをしていた。
 細めた目でぼーっと空を見上げていると、可愛らしい声が振ってくる。
「ん〜? あぁちょっと考え事をな」
 桜色の髪が風に爽やかになびく。
 ギルドメンバーのサクラが腰の後ろに手を回してのぞき込むようにしてこちらを見ている。
「体はもういいんですか?」
「あぁすっかり良くなったよ。サクラこそ、どうした?」
 寝転んでいた体を持ち上げてアルディンが答える。
「アルル見ませんでした?」
「いや、見てないぞ?」
 ぼーっと空を見ていた手前、アルルが空を飛んでいれば気づいていただろう。
 サクラがアルディンの隣に腰を下ろす。
「おっかしいなぁ。何処に行ったのかしら」
「仲がいいな、サクラとアルルは」
 頬を膨らませるサクラにアルディンが笑いかける。
「アルルったらいつも私をからかって遊ぶんですよ?」
「まぁ、でもあれだ。そうやって笑えるのは貴重だぞ」
「そうですかぁ?」
 眉根を寄せてサクラが首をかしげる。
「そうさ。あれであいつはけっこう気が利く奴だと思うよ」
「まっさかぁ」
 驚愕の新事実発覚。そんな顔をして大げさに驚くサクラ。
 いや心の底からアルルの気遣いには気づいていないのだろうが、あんまりの驚き様に、少しアルルがかわいそうになった。 
「いつだってお前を心配してるみたいだけどな」
 猛烈に抗議してくるサクラを押さえてアルディンがそう言うと、ふとサクラの表情が陰る。
 あるいは何か思い出したのかもしれない。
「……そうか、な」
 ぽつりと言うサクラの頭をアルディンが無造作に撫でる。
「気がつかないのはいつも本人ばかりってな。たまにはアルルに優しくしてやれ」
 一瞬ドキリとした表情を浮かべたサクラはそのまま頬を赤らめて撫でられるままにする。
「アルディンさんは何でもお見通しだね」
「そうでもないぞ? 正直どうしたらいいか迷いっぱなしだ」
 アルディンはそう言いながら空を仰いだ。大きく伸びをして再び草むらに横になる。
「アルディンさんでも悩むことあるんだ……」
 意外そうに言うサクラ。
 膝を抱えて頬を埋める姿は、何か思い悩むようにも見える。
「悩みっぱなしの人生だな。我ながら情けない」
「私もだよ」
 ぽつりと言うサクラ。
「へぇ、聞いてもいいのかな」
「私の国ね、シルグムント戦役の時、妖魔との戦争でかなりの被害を受けたの」
 アルディンを見ずに小さな声で語り出す。
「……それで?」
「沢山の人や、国を守ってくれる兵士さんが亡くなってね、今再建中なんです」
「それは……辛いな」
 言うアルディンにサクラが顔を向けて軽く微笑む。
「だから、私、自分の国を助けたい。役に立ちたいのっ!」
 そう言って意気込むサクラ。しかしすぐに両手を天に掲げてそのまま草むらに寝転んだ。
「師匠や御婆様に言われて、ここに来たんだけど……でも何をしていいのか未だにわからなくって」
「ふむ?」
「夢でも見たんだけどね、女神ウルディア様が貴女は調和をもたらす選ばれし者。西の島で成長しろって」
「女神ウルディアの神託か……」
 ウルディアの神託と言えば大仰だが、アルディンに取ってそれが本当かどうかは重要でなく、その神託にまっすぐ向かおうとしている目の前の少女がまぶしかった。
「実感が湧かなくて」
 そう言って寝転んでいるアルディンに寝転んだままはにかむサクラ。
 お互いの姿が滑稽だったのか、どちらからとなく笑いが漏れる。
 ひとしきり笑ったところでアルディンが起き上がると、大仰な顔をしてサクラに言う。
「その者青き竜にまたがりて、燃えさかる大地に降り立つ。白き槍を携えて光と闇を調停し、世界を豊穣へと導くだろう」
「何ですかそれ?」
 同じく起き上がったサクラが問う。
「あまり知られてないんだがな、女神ウルディアの予言さ。ウルディアは調和の女神と同時に豊穣を司る女神でもあるんだ。
 これはその豊穣の女神の予言だな」
「へぇ、そんなお話初めて聞きました」
 興味を持ったのか、サクラが続きを聞きたそうな顔で寄ってくる。
 好奇心に満ちた目に思わずたじろくアルディンだったが、子供に言い聞かせるように丁寧に説明を始めた。
「豊穣の女神ウルディアが転生してこの世界に平和をもたらすって預言さ。シルグムントに伝わる民族伝承みたいなもんでな。実際知ってる人は年寄りとか歴史マニアだけだよ」
「アルディンさんは?」
「後者ってことにしといてくれ」
 苦笑するアルディン。
「ウルディアの教えはけっこう色々あってな。
 そうだな、今のサクラにうって付けの教えがある。

 今生きるその一瞬を大切にして、生きて下さい。
 一度きりの人生に、一度きりの今。それを無駄にしてはいけません。
 一瞬の積み重ねが、次の一瞬を作り、やがてそれが時の連なりとなって女神ウルディアの元へと召されるでしょう。
 その日まで、その一瞬を大切にして下さい。
 それが女神ウルディアの切なる願いなのです。
 
 ようは、一瞬一瞬を精一杯生きろってことだが……諸説あってな。
 人の一生ってのは、永遠の時を生きる神々が罪を犯した神を、転生という輪廻の中で浄化する一連の儀式なんだって説く宗派もあってな、この教えは罪人に咎を償う機会を与える教えとも言われてる」
 ぽわーっとサクラがアルディンを見ていた。
「なんか、アルディンさんて色々物知りですね」
 惚けた顔でサクラが言う。
 うっすらと感じてはいたが半分くらいしか理解してないのかもしれない。
「一生懸命生きろ。時間を無駄にするなって教えだ」
 アルディンはちょっと言葉を強くして言う。
「目標が見えなくなることは誰にでもある。何をして良いか分からないときもある。だけど立ち止まらずに、前を向いて、自分が正しいと思ったことをすればいい」
「それが難しいんですよぉ」
 何かに急かされるような感覚を強く感じて、サクラが困った顔をする。
 それを見てアルディンは目尻を落とした。
「そうだなぁ、とりあえず、さしあたりまずやっておいた方がいいのは……あのヒヨコを救ってやってくれ……」
 アルディンが指し示す方向に、ひよこを咥えて歩いているアルルの姿があった。
「あーっ、こらアルル−!!」
 サクラは言うやすぐに立ち上がると、アルルを追いかけていった。
 元気な姿を見ているとアルディンの気持ちも明るくなる。
 まぁ心なしかひよこに同情したくなったが。
 調和と豊穣の女神ウルディア。なるほど、違いないとアルディンは思う。
「一瞬を精一杯生きる。それは大切なことですけど、それでは時間の価値を見落としてしまうにゃ」
「……知ってるか? 人生において本当に有意義で大切な時間って言うのは、こうやって時間を無駄にしてる時さ」
「よくあんなウソ言えたにゃ」
「女神ウルディアの話しか?」
「あんな伝承はないにゃ」
「いいや……ちゃんとあったさ。シルグムントの古い民謡。母が聞かせる子守歌に……」
「それはきっとお母さんの作り話にゃ」
「知ってるよ……。まぁそれもきっと大切な時間なのさ」
 アルルを追いかけるサクラを眺めつつ、人生で一番大切なのは、無駄な時間だと言った父を思い出していた。
 父に与えられ、母にはぐくまれ、大切なものを色々と受け取った。
 ふと、そう考えると、自分がなにをしなければならないのかが見えてくる気がした。
「俺も、一瞬一瞬を大切にしないとな……」
 空は高く、風には草の臭いが香る。
 アルルを追いかけるサクラの声が元気に響いていた。

月光の花と少年へ続く

 作者

アルディン

コメント
サクラを可愛く描いて下さってありがとうデス。ウルディアのことを知ってるアルディンにビックリ&ちょっと嬉しかったり

パティ☆