しとしとと雨が降る。
島にやってきて何日経ったことか、次第に寒さも和らぎ、暖かさを感じる。
この島にも四季があるのか、柔らかな暖気に包まれる中、久々の雨にアルディンは視線を投げていた。
「アルディンさん、みんな何処行っちゃったんだろね」
「まぁ、そのうち合流できるさ、目的地は分かってるしな」
洞窟の中に声が反響するのに不思議な面白みとを感じてアルディンは笑う。
心配そうな顔でおろおろと周囲を見回しているのはアルバレットだ。
何故か隣にギルドのペット、大河ぁの姿もある。
先にある魔方陣へと歩みを進める中、急に襲ってきたエキュオスによってギルドメンバーは散り散りになった。
辛うじて撃退したところに急な雨、仕方なしに雨避けができる場所を探していると、洞窟が目についた訳だ。
「僕ちょっとみんなを探してくるっ!」
「こーら、ただでさえ視界が悪いんだから、しばらくじっとしてろって」
「うへっ、く、くるしい」
服の裾を引っ張れて首が絞まったアルバレットはそのまま地面に倒れる。
「にゃー」
大河ぁが大丈夫か?とでも言いたげにアルバレットを覗き込んだ。
「まぁ、落ち着つけって、どっちかっていうと俺たちがはぐれた形だからな、他のメンバーよりも自分の安全を考えろって」
「うー」
「さては……怖いのか?」
ぴくりとアルバレットが肩をすぼめるのを見てニヤニヤするアルディン。
「な、何がだよっ。怖くなんかないやい」
「そんなこと言っちゃって、アルト君ってば恐がり屋さん」
「ち、ちがっ!」
「はいはい」
頭を撫でられ頬をふくらませるアルバレット。
「どれちょっと奥を見に行ってみようか……ふっふっふ」
「え、えぇっ」
「なんだ、やっぱり怖いのか?」
「だ、誰が! 怖いわけないじゃないか!っ」
そう言うとアルバレットは洞窟の奥に向かってずかずかと歩き出す。
一生懸命胸を張っているのに、心なしか手が震えて見えるのが笑いを誘う。
「煽り過ぎたかな」
先へ先へと進もうとするアルバレットを追いかける。
意外と奥が深いのか、進むにつれて暗くなり、外から差し込むわずかな光は、いよいよ心許なくなる。
しばらく行くと何故か奥から薄暗い明かりが見え出した。反対側に繋がっていたのかと一瞬思うも、どうにも明かりの色が違う。
その明かりに気づいたのかアルバレットが硬直していた。
青白い、薄い光だ。
そっとその肩をたたく。
「うひっ」
「ま、まてまて」
武器を振りかぶって襲いかかってくるアルバレットの手を押さえ込み冷や汗をかいたアルディンは、出来るだけ平静を装って話しかけた。
「落ち着け、落ち着くんだ」
よほど怖かったのか、目つきが怪しいアルバレット。
「あ、アルディンさん」
「よーく見てみろ」
「……あれは」
薄闇にほんわりと光る小さな花が群生している。
つぼみなのか、丸く膨らんだ花びらから、薄い青色の燐光が漏れ出ていた。
「月光花って言うんだ。原産国は中原の国だったはずだが、こんなところにも咲いてるんだな」
「きっれーっ!」
急に元気な声を出すアルバレットに苦笑する。
「あれは、つぼみじゃなくて立派に咲いている花なんだ。元々この発光現象は花が受粉をする為に昆虫を集めようとしてやっていることらしい」
「へぇ〜」
──近づいては駄目です……──
「アルディンさん、何で近づいちゃ駄目なの?」
「月光草には軽い神経麻痺の毒があってな。よく洞窟に咲いている花に近づいて呼吸困難に陥ったり、足を踏み外して怪我をすることがあるんだ」
「へぇ、さっすがアルディンさん。物知り〜。博士って呼んでいい?」
「何でそうなる」
──こちらへ──
「アルディンさん、もうちょっと見てようよ」
「……あー……」
──こちらへ──
「だからアルディンさん、ってどうしたの?」
「俺さっきから何も言ってないぞ……」
そして二人の間に訪れる沈黙。
「こっちへ来いってずっと……、えーっとウソじゃないよね?」
アルバレットが震えながら言う。
目が泳いでいた。
──はやく──
アルバレットは気づいてしまった。
声の出所はアルディンの背中。
そこに白い着物を着た誰かが立っている。
「う、うわぁぁっ!」
脱兎のごとく駆け出すアルバレット。
アルディンの背中越しに見えたのは長い髪の女性の姿。
月光花の光にさらされて、さながら青白い幽鬼が立っているようだった。
切れ長の目が薄闇の中で怪しく光っている。
「助けてぇぇぇっ!」
全力で逃げていくアルバレット。
そのの背中を眺めつっつ、そのむしろその声に驚いて冷静になったアルディンは、くだんの女性へと向き直る。
「えーっと」
「危ないから近づいちゃだめですよって言ってるのに、なんであんなに急いで逃げるのかしら」
「どちらさまで?」
言うアルディンに目の前の女性が少しだけむっとした顔をする。
注意していなければ分からない程の変化に気難しさを感じたアルディンは思わずかしこまる。
もっとも、幽霊ではなさそうだということに思わずほっとしたという側面の方が強かった。
「アルディンさんまで、ひどいです」
「その声、どことなく大河ぁに似てるような……ってお前大河ぁか。人化の術使えたのかよ」
「言っておりませんでしたか?」
「初耳です」
「そうですか、そういえばこの姿を取るのも久しぶりですし、お話しをしていませんでしたか」
「にしても……」
月光花の薄明かりに照らされた姿はあきらかに美少女のそれである。
白い和服に清楚な雰囲気がとても似合っていた。
頭の上には虎だった証だろうか、虎耳がついている。
しましまの尻尾が生えているのもご愛敬だろうか。
「お前メスだったのか……」
「……知らなかったのですか」
「堂々としてるからてっきりオスかと」
「失礼です。こんなに愛らしい娘を捕まえてオスだなんて」
子虎の時とは印象が変わって静かな感じを受ける。
話し方もまるっきり変わってるように感じるのは、見た目のインパクトなのだろうか。
しかしなるほど、人の姿を取っていたら男が放っておかないだろう容姿に、ずっと子虎の姿をしていた理由を察した。
「にしても何で急に人の姿を?」
「子虎のままではアルト君が怖がりますでしょう?」
結果的に余計に怖がらせたことに本人は気づいているのだろうか。
アルバレットも災難だなと思いつつアルディンは嘆息する。
「それではお嬢様、ちょっとアルトを探すのを手伝ってもらえますか?」
そう言ってアルディンは少し段差の大きい通路を軽くステップして降りると、うやうやしく手を差し出す。
「よろしいですわ。次からは気をつけて下さいね」
差し出される手を取って続いて降りる。
猫科特有の目の光が暗い洞窟内で妖艶さを醸し出す。
「かしこまりました。お嬢様」
「そういう対応はそれで何か遊ばれてる気がしますので、ちゃんと扱って下さい」
苦笑するアルディン。
人化に慣れていないのか、表情は淡泊なものだが、身振りが人に近いだけで不思議と話しやすく感じる。
「人化した方が丁寧な話し方するんだな」
「両親の躾けのせいだと思います。この姿になる時って人と取引する時ですから。相手に失礼の無いようにと」
「まぁ、それはそれで可愛いよ」
「あら、ありがとうございます」
作り笑いのような、それでいて完璧な笑みを浮かべると、大河ぁは入り口へと向かって歩き出した。
「相変わらずお上手ですね」
振り向き様にそう言ってくる。軽く笑って見えたのは気のせいではあるまい。
「これはこれは」
どうにも子虎として扱った方が受けが良いらしいと悟ると、アルディンは肩を竦めて歩き出す。
このまま行くとまたアルバレットが騒いで逃げ出しそうな気がしたが、それはそれで面白いので放っておくことにする。
月光花を最後に一目見て、アルディンは入り口へと戻って行った。
月光花を最初に知ったときはまだ小さな子供の頃だったか。
一緒に妹のアルマと驚いたことを思い出す。
そういえばあの日も雨だっただろうか。
「さて、早く合流しないとな」
古き良き日の郷愁がアルディンを少しだけ過去の回想へと導いていた。
「早くいきますよ」
「あぃあぃ」
控えめな、それでいて凜と張りのある大河ぁの声が洞窟の中に軽く響いていた。
星の記憶へ続く
作者
アルディン