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SS:爆炎の向こう側に放て

 竜となったメリュジーヌ。その巨大な口から勢いよく吐き出された火球が魔獣アルディン目がけて突き進む。
 立て続けに三度。
 今までの火球とは比較にならない爆発が連続して起こった。ごっそりと魔獣の肩を吹き飛ばしている。
 しかし吹き飛ばされた肩は巻き戻しをするかのように復元されていく。
 もはや再生ではなく、復元と呼べる程の恐ろしい速度での治癒。
 そしてまた、魔獣が一回り大きくなる。
 追撃とばかりに竜が巨大な翼を激しく羽ばたかせると、魔力を帯びた竜巻が生まれた。
 魔獣の4枚の翼が対抗して強風を叩きつける。
 しかし魔力に覆われたメリュジーヌの竜巻は強風をもろともせず進み、巨大な削岩機となって魔獣アルディンの体を削り取る。
「グオォォォォォォッ」
 体を削る竜巻をものともせず、魔力を帯びた腕で薙ぎ払い、竜巻を破壊する。
 魔獣が動いた。
 巨大な足で大地を爆発するように蹴り飛ばし、4枚の翼の羽ばたきで大きく跳躍した。
 刹那の間に竜と魔獣の距離が縮まる。
 全身から稲妻を発して迎撃を試みた竜に、魔獣は片手を前に突き出して稲妻に当ててると、消し炭になる手には構わず、そのまま着地する。
 同時に長大な体へと組み付いて引き倒そうと長い体を力任せに引っ張る。
 着地と共に大地が爆ぜ、即座に腕が復元する。
「グォォォォッ!」
 魔獣は竜を引き倒すと、そのまま振り回して大地に叩きつけた。

 メリュジーヌの巨体が大地に転がり、爆発を起こしたように大地がめくれ上がる。
 完全に魔獣の注意がメリュジーヌに奪われていたその時。
「ロシェル、いくわよっ!」
「はいっ」
 二人で構えた魔剣バアル・ベオルが力を受けて巨大化する。
「我が名はアストレア! ベルフェゴールの剣なり! 我に断てぬ物なし!」
 文言を受けて魔剣バアル・ベオルが真の力を発現する。

 ゴゥッ!

 と、今までにない巨大な閃光が二人の構えた剣から魔獣アルディンへと突き進んだ。 
 閃光は魔獣の右肩に突き刺さる。
 アストレアはさらに力を込めて、肩から腹へと切り裂き、振り抜いた。
 勢い余った閃光が大地をえぐり、岩盤を爆砕させる。
「まだっ」
 手応えは感じていた。
 しかし、アストレアの視界には切り裂かれた傷口から周囲へと触手のように伸びる血がはっきりと写っていた。
 尋常ではない速度で黒血の触手が無防備だったロシェルへと迫る。
「せぇぃっ!」
 燐光を放つ剣を片手に迫り来る黒血の触手を切り捨てる千鶴。
「行きなさいっ!」
 アストレアは千鶴の声に押されて、足を止めることなく空へと舞う。
 仲間の作り出したチャンスを無駄にはできない。
 その思いがアストレアにかつてない集中力をもたらした。
 時間が引き延ばされていく感覚の中、モスグリーン色へと髪の色が変わり、赤い瞳が怪しく光る。

 その時、再び天秤は傾いた。

 巨大な魔剣バアル・ベオルが白く輝く。
「であああああああぁぁっ!」
 一薙ぎすれば、魔力が尾を引いて広がり、迫る黒い血の触手を蒸発させた。
 さらに魔剣の輝きが増し、その行く手を遮ろうと黒血の刃が眼前に立ちはだかる。
 その巨大な刃を火球が襲った。
 引き倒された竜が顔を持ち上げ、火球を吐いて援護をすれば、火球が側面から巨大な刃へと立て続けに直撃する。
 立ちこめる爆炎を切り裂いてアストレアが躍り出る。
 その手には、覚醒した妖魔の力によって作られた巨大な光の剣が握られていた。
 遮るもののない空から、重力にまかせて降下するアストレア。
 長大な光の剣となった魔剣バアル・ベオルを上段に構えた。
「我が名は引導代わりっ! 冥府の華と散るがいいっ!」
 そして、光の剣が振り下ろされる。
 光の本流となって降り注ぐ魔剣バアル・ベオルの一撃が、魔獣を脳天から一直線に断つ。
 音もなく断ち割られる魔獣を中心に光りが弾け、視界を埋め尽くした。

 真っ白に染まる世界の中でアストレアは見た。
 貪欲に世界を食い荒らそうとする意志の集合体を。
 その中心でもがく一人の人間を。
 助けなければ、ただその一心でアストレアは手を伸ばした。
『アルディン!』
 それをつかみ取るアルディン。
──引き込まれるっ!──
 握ったアルディンの手から、体の全てを吸い取るようなおぞましい感覚が襲う。
 助け出すつもりが、引き込まれそうになるのを賢明に耐え、アストレアはアルディンを徐々に引きずり出していく。
『アスナっ!』
 意識が、力がこの貪欲な意志に持って行かれる、そう思ったその時。
 そっと手を添える誰かがいた。
 目を向ける。
 それはかつて見た父の横顔だった。
 死んだはずの父がそこにいた。
 見たこともない慈愛に満ちた目でじっと見つめられ、思わずアスナは言葉を忘れて呆然としてしまう。
 こちらを見て頷くと、アルディン共々一気に引き抜く。
──お父様っ!──
 そこでアストレアの意識は途絶えた。

「早く、治療をっ!」
 裸の体をドレスで隠しただけのメリュジーヌがぐったりとしながら言う。
「分かっていますっ!」
 応じるのはウィオラだ。魔獣が崩れたのを察して戻ってきている。
「アスナ姉様っ」
「大丈夫、ミレは私が助けます。必ずっ! ロシェル手伝って!」
 どろどろになって大地に溶けていった魔獣、その中心からアスナを引きづり出し、ロシェルとウィオラの二人がかりで治癒魔法をかける。
 その最中に、何かを見つけた様子の千鶴が魔獣の残骸へと無造作に手を突っ込んだ。
 引き抜いたそれを肩に担いでメリュジーヌの前に降ろす。
「ア……アルディンさん……」
 顔面を蒼白にしながらメリュジーヌは息を飲んだ。
「アルディンっ!」
 回復したアリシアがそこに歩み寄る。
 すっかり白くなった肌は傷だらけになり、唇は色を失っていた。
「……心臓が止まっています」
 静かに千鶴がそう呟いた。
 高く上った月が荒廃した大地を静かに見下ろしていた。
 風は冷たく、戦いの後の静けさに、森の生き物も静かに息を潜めている。
 静寂がギルドの面々をただ打ちのめしていた。

黒炎と血の契約へ続く

 作者

アルディン