「なんで、なんであんたがここにいるのよ……」
アルディンの胸倉を掴み上げて揺するアリシア。
蒼白となった顔に涙が落ちる。
「魔獣に飲み込まれていたようですね」
アルディンを放り投げたままじっと立ちすくんでいた千鶴が口を開く。
「そんな……」
呆然と呟いたまま次の言葉が出ない。
過度の魔力を消費したため今は木陰にもたれかかるように座っていた。
元より足が不自由なメリュジーヌは魔力なしには満足に移動もできない。
そのメリュジーヌに向かって淡々と事実を告げる千鶴。
「あれは周囲の存在の力をを奪う滅びの存在です。取り込まれて尚形を保っていることの奇跡を祝うべきでしょう」
「はっ、祝うですって!? 何の冗談よ」
千鶴にアリシアが噛み付いた。
「息しなさいよっ! ねぇっ!」
アルディンのほっぺたを引っ叩く。アリシアのその手をメリュジーヌが止めた。
「おやめなさい、アリシアさん。それよりウィオラさん、ロシェお姉さま、治癒を」
「……無理だよ」
うなだれたロシェルの目にも涙が浮かぶ。
「もう治癒では間に合いません……」
アルディンの死相を見ながらウィオラが絶望感に打ちひしがれていた。
力の無さをかみ締めるように、握る拳が震えた。
「蘇生術もあるでしょう!」
少し声音を強めてメリュジーヌが言う。
「単純な蘇生でなんとかなるならとっくにやってます!」
ウィオラが行き場のない思いをメリュジーヌへとぶつけた。
「……そんな……私は認めませんわよ。何かないのですか」
ウィオラの剣幕に押されて一歩引いたメリュジーヌはそこでようやっと現状がどういうことなのか悟る。
これが死なのだと。
身近な人間の死がメリュジーヌに重くのしかかる。
幼い頃味わった父の死が胸を過ぎった。
沈黙が幕を下ろす中、一人、アリシアが立ち上がった。
「……いいわ、私がやる」
「どうにもならないって言ってるじゃないですか……」
理性でなんとか自分を保とうとするウィオラ。それでも言葉が荒くなる。
治癒の専門家だと自負する故に、アルディンの死が明確に見て取れるのが嫌で仕方なかった。
「いい? 私の前で、どうにもならないなんて台詞は、言わせない」
取り出した短剣で自らの手首を浅く切るアリシア。
「アリシアさん何をっ!」
「いいから見てなさい」
アルディンの口へと血を注ぎ、出血する手をそのままに呪文を唱える。
「我が血を触媒に黒き炎よ目覚めよ。我は空の王者、黒炎の守護者たる不死鳥の子、アグニ=アレクシーナ=アークライト」
そしてアルディンの体が黒い炎に包まれた。
アリシアを中心に魔力が迸る。
背中から黒い炎が噴出し、それはやがて漆黒の翼へと変わる。
体を黒い炎が舐める様に這い上がり、やがて妖魔の体表へと変貌して行く。
漆黒の翼を広げ、長い尾羽を揺らす黒い天使がそこに居た。
「……黒炎不死鳥の子ですって……上級妖魔の中でも個体数が極端に少ない種族が……嘘でしょう……」
「古の盟約に従い、我は血を捧げる。我が血は源泉。我が血は聖印。我が血は生命。地獄門よ我が願いを聞き届けよ!」
呪文の結びと同時にアルディンを光が包んだ。
灰の中から蘇る不死鳥のように黒い炎の中でアルディンが息を吹き返す。
鼓動が再び鳴った。
そして黒い炎が飛び散り、アリシアの姿が霧となって空気に溶けるように元に戻っていく。
「血色が……」
千鶴が目を見張る。
「早くっ! 治癒の魔法を!」
メリュジーヌがそう言うよりも早くウィオラとロシェルが走る。
「ロシェルっ」
「はいっ。ボクだってアルディンさんを救ってみせるっ!」
息を吹き返したアルディンをこの世にとどめる為に、二人はありったけの力を注いだ。
まるで野戦病院さながらの集中治療を眺めながら、傷口を押さえるアリシアにメリュジーヌが声を掛ける。
傷口はすっかり塞がっており、血も流れてはいない。しかし痛みはあるのだろう。軽く手首を押さえている。
「……良かったのですか?」
「何が?」
何でもないように答えるアリシア。
「聞いたことがありますわ。黒炎不死鳥の掟」
「さぁ。あたし、クォーターだし。血は薄いのよ」
そう言うと何処へともなく歩いていく。
「メル……」
呟くような声に目を向ければ、アストレアが疲れきった顔をメリュジーヌに向けていた。
「アスナお姉さま、気がつきました?」
「うん、ちょっと前から、ね」
「お見事でしたわよ。最後の一撃」
「あはは、ありがと」
軽く微笑むアストレア。
「ねぇメル。黒炎不死鳥の掟って何?」
アリシアの歩いていった方向を見やり、アストレアが聞いた。
アストレアですら聞いたことがないとすれば、上級妖魔の間に伝わる伝承等の類だろう。
「黒炎不死鳥の血を口にした人は死の淵から生き返り、人知を超えた生命力を得ると言います」
「滋養に良さそうね」
「茶化さないでくださいまし。血を奪われた黒炎不死鳥はその相手を一族に迎え入れ、死が二人を分かつまで添い遂げるか、もしくは自らの手でその者の命を奪うのです」
「……えっ」
口を開けて驚くアストレアに、悪戯っぽく微笑みかけるメリュジーヌ。
「伝説ですけどもね。少し疲れましたわ……」
そいう言ってメリュジーヌは瞳を瞑る。
アストレアと同様に力を使い切ったメリュジーヌにも休息は必要だった。
「伝説ねぇ……」
月光の下静かにアストレアは嘆息した。
風がそよそよと気持ちが良い。
程なくしてメリュジーヌの寝息が聞こえる。
そいうえば、一緒に戦ってくれていた剣士は大丈夫だろうか。
それに、確かこの移動には制限があったはずだ。
なんとなく、このまま行くとプララさんとサクラさんが死に物狂いに召還ゲートを維持していそうで、申し訳がないと思いつつ、アストレアは目をつぶるメリュジーヌの髪を優しく撫でるのだった。
僕が守ってあげるからへ続く
作者
アルディン