アルディンは一人闇夜を歩いていた。
明日からはギルドを離れて一人で探索に乗り出す。
しかし懸念があった。
元々アルディンがこのギルドにやってきたのはアリシアが切っ掛けだったが、それとは別にアルテリアと出会ったことが決め手だった。
今は滅びし王国の姫。シルグムントの黒いダイヤと呼ばれた美姫。
そして、たった一人の家族。
「アルテリア……」
世界を敵に回してでも守りたい、そんな大切な妹だ。
もっとも、兄と名乗ることは出来ず、未だに遠くから見ているだけの怪しい人なのだが。
アルテリア本人はどうも避けられているようで、近づくと逃げてしまう。
おそらく男装するアルテリアを女だと気付いているから、というのがあるのだろう。
かなり警戒されている。
「どうしたものかな」
独白は溜息混じりに白い吐息に変わった。
後を頼む相手が居ないのが最大の懸念事項だ。
千鶴あたりは良くやってくれるだろうが、あくまでギルドの一人として、だろう。
アルテリアの盾となり剣となるはずだった自分は、こうやってギルドから離れようとしている。
それが必要なことだと感じると共に、誤った選択かもしれないと不安が顔をもたげる。
一応信頼できる誰かに頼んでおきたい。が、どうやって頼んだものか。
アルディンは一人悩みながら歩む。
そんな時に決まって足が向くのは遺跡外で酒場を営む『命の滴』だ。
貴重な酒が手に入るのは、旅から旅へと移る渡り鳥にはありがたい話である。
呪いの鬱屈とした雰囲気に浸っていては気持ちが負けてしまう。
店に入りカウンターに着く。
アッシュスコッチと呼ばれる酒を頼むとアルディンは顎を組んだ手に乗せそのまま待った。
ウイスキーの一種で北国の特産だったが、これは酒が飲める年になってから良く飲んだものだ。
大して値段が高くないのも良い。
思えばギルドと合流する前はこんな毎日だった。
その日暮らしに戻ると思えば、寂しさも和らぐ。
「あら、アルディンさんもですか?」
「霜月……」
お前酒飲むのか、と喉元まででかかった声を抑えて何を飲んでいるかを覗き見る。
テキーラだった。
「うぉぃ、テキーラかよ」
「これ一杯だけですよ」
それにしても選択が実に男前だった。
思わず自分の飲んでるスコッチを見ながら、まぁこれはこういうものだとチビチビ飲みはじめる。
「ここのお酒おいしいですよね」
「んー、故郷を思い出すな」
喉越しが熱く、それでいて鼻に抜けるのが心地よい。良い酒だ。
ここで霜月と出会えたのは僥倖だったかもしれない。
「霜月、一つ頼みがあるんだが」
アルディンは酒の勢いを借りてそのまま霜月に頼むことに決意する。
「あら、アルディンさんが私に? 珍しいですね」
「そうでもないぜ? これでもけっこう頼りにしてるんだ」
思わずPTを組んでいたアリシアの顔を思い浮かべて苦笑する。
ギルド内では年長者の方だが、どうにも頼りないアリシアと比べると霜月はいかにも落ち着いている。
「……アルテリアのことなんだが、同じPTだろ?」
「そうですね。いつも助けてもらってます」
アルテリアの名前に意外そうな顔をする霜月。
「少しアルテリアに気を配ってもらえないだろうか」
「と、いいますと?」
「うまく言えないんだが……心配でな」
「確かに何か思いつめてるみたいなところはありますけど」
アルテリアのことを思い浮かべているのか、少し目線を上げて言う霜月。
「あれで色々苦労してるんだ。折れないように見守ってやってほしい」
「……意外です」
「何がさ」
「アルディンさんっていつも自分のことばっかりで、あんまり他人のことに興味なさそうだったから」
「そんな訳でも……あるか」
言われてみて思う。自分のことで精一杯で、周りに向ける目がない。
今の状況はまさしくそれだ。
クイッとスコッチを舐めるように傾ける。
「まぁあれだ、頑張ってるやつは応援したくなるじゃないか」
「まぁ、そういうことにしておきましょう」
霜月はそう言って意味ありげに笑うと席を立った。
いつの間にやらテキーラが空になっている。
寒い冬には良いのだが、顔色一つ変えない霜月は年の割には明らかに酒に強い。
「先に帰ってますよ?」
「あぁ」
すまない霜月。そう心の中で詫びるアルディン。
ガラス越しに見える外には雪がちらついている。今夜は冷え込むだろう。
レギオンズソウルには集団で入れる大き目のコタツがあるが、あそこで大河ぁあたりで遊ぶのは楽しい。
そんなこともしばらく出来そうにないなと、アルディンはスコッチを少し喉に送る。
そういえばここの酒場の上の階も宿屋になっていたはずだ。
今宵は飽きるまで飲むとしよう。
アルディンはほろ酔いの頭で直ぐに忘れるだろう仮説を立てる。
千鶴の言っていたようにガリウスが存在を削り、呪いがそれを防いでいるのなら、ベルフェゴール公は死の間際に、敵であるアルカードを救ったということになる。
ありえるだろうか?
ベルフェゴール公を屠ったことで力を増したガリウスは、公爵の力そのものだということなのか。
ガリウスの気難しさはそのあたりが原因だろうなと、アルディンは思う。
自分は板状の駒に過ぎない、そんな不安が寄せては消える波のようにアルディンを何度も襲った。
その度にスコッチが進む。
ゆっくりとチビチビ飲むのが旨いのだが、今日はいつもよりも消費が早い。
「もう一杯」
この旅の理想の結末は何だ。
王国が復興することか。
公爵家が再興することか。
呪いが解け、ガリウスを封印し、王として生きることか。
アルテリアを助け、救国の英雄となることか。
マナの力を得て、その先をどうする。
アルディンがじっと考えていると、この店の名物酒、世界樹の葉が出てくる。
女マスターの顔を見返すとなにやら笑って去っていった。
二日酔いにならない酒、世界樹の葉。
美味であり、非常に旨い。
その反面飲めばすぐに酩酊してしまい、別名酔虎と呼ばれる極悪な酒でもある。
「マスター、俺これ頼んでないよ!」
背中にそう呼びかけると、鍵を放ってきた。
宿屋の鍵である。開いてる部屋でも都合をつけてくれたのか。
御代は出世払いでいいよと声が返ってきた。
ここのマスターには頭が上がらなくなりそうだと思いながら、アルディンは酒を飲み干した。
出会いは突然にへ続く
作者
アルディン
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