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SS:真実を告げる者

 呪いが解けたとき、何が起こるのだろうか。
 どうしてもベルフェゴールの血脈について考えずにはいられない。
 アストレアは父の仇を取ると毎朝の稽古に余念がない。
 ロシェルはそれを影から見守っている。
 メリュジーヌは思うところがあるのだろう。
 あるいは真相に気づきながら認めたくないあまりに黙っているようにも見える。
 メリュジーヌに時がくれば全てを話すと約束した、それは自身が親の敵であることを告げると同時に、責任を取るということである。

「責任の取り方か」

 命を持って償うか。
 だが償いとは何なのか。
 戦争で敵対した者同志が命を奪い合い、勝者が生き残った。
 それが全てであり、お互いの命を掛けた戦いを、いまさら詫びれば、むしろそれこそ侮辱であろう。
 戦い、そして勝利した。
 それがあの瞬間の全てだったのだ。

 ならば3姉妹と父の尊厳をかけた決闘でもして、再び命のやり取りをするのが解決方法にでもなるのか。
 それも違う気がする。

 そこまで考えてアルディンは己を恥じた。
 メリュジーヌに全てを話すと約束したのは、その心の弱さにつけこみ時間を稼いだ悪戯に等しい。
 答えが出ていないではないか。

「どこまで行っても、俺は敵でしかないのか」

「考え事ですか?」
「千鶴……」
 寝転ぶアルディンを千鶴が見下ろしていた。
 少し物思いにふけり過ぎたのか、近づいて来ることに気づかなかった。
「今日の買い物は他のメンバーに頼みました」
 あまり表情のない千鶴が言うと、どうにも上官に報告を告げる兵士に見えてくる。
「隣、座りますよ」
 そう言って千鶴は許可を求めるようにアルディンに言う。
 律儀なものだと思いながら視線と顎で軽くうなづくアルディン。
「何をそんなに悩んでいるんです?」
 ズバリ、言ってくる。千鶴はそういうやつだった。
「色々とな、人に言えないことさ」
 いつものごとく、言いたくないことははぐらかすアルディンは、それに告ぐ千鶴の言葉に驚愕することとなった。
 予想だにしない一言が、彼女の口から紡がれる。
「例えば……存在消滅の呪いについて、とかですか? アルカードさん」
 アルディンの瞳が豹変する。
「なんで、知ってる?」
 突如、まるで手品のように魔槍斧ガリウスが何もない空間に出現し、大地に突き刺さる。
 異様な空気が辺りを支配した。
「そんな危ないものはしまってください、私に敵意があると思いますか?」
 少しだけ思考したアルディンは再び何もなかったようにすっと魔斧槍ガリウスが霞がかかったように消えていく。
「いつの間にか、そんなこと出来る様になったんですね」
「ただの幻術さ」
「最初からある物をない物として認識させる。それってただの幻術ってレベルじゃないのですけどね」
「で、答えになってないぞ。何で知ってる?」
「私にも答えられることと、答えられないことがあるのですよ。その辛さはご存知でしょう?」
「……まさか、俺と同じ呪いを」
「ふふっ、違いますよ」
 千鶴は珍しく軽く笑ってから、思案するように言う。
「あまり、関わってはいけない、とでも言いましょうか」
「それじゃ結局答えになってないだろう……」
 ため息交じりで言うアルディンの目を今度は千鶴がじっと見つめる。
「そうですね、答えれない代わりに、今日はいくつか助言をしに来ました」
「助言、ねぇ」
 視線は外さず、ゆっくりと千鶴は口を開く。
「その前に、一つ聞いても良いですか?」
「何だい?」
「呪いのこと、何処で知ったのですか?」
 アルディンは昔を思い出すように遠くを見ながら思案する。
「……とある国の高名な占星術師、だったか」
 千鶴は得心したとばかりに、軽く鼻で息をつく。
「なるほど、占星術師ですか。詐欺師の間違いでしょうね」
「なっ」
 アルディン思わず飛び起き硬直した。二の句が出ない。
「分かりやすく結論から言いましょう。言うべきか迷いましたが、少し勘違いをしているみたいなので」
 諭すように言う千鶴。
「あなたのその斧槍、存在を吸収する魔石が材料のようです」
「存在を、吸収?」
「正式名称を”飲み込む者”と言います。周囲の存在を無限に吸収していく世界の一片です」
 千鶴の言葉を租借する。そこで疑問が生じた。
「妖魔を食らうってわけじゃないのか?」
「武器として削りだされ、用途として多くの妖魔を食らい続けた結果、そういう属性が強化された、といったところでしょう」
 千鶴はそこで言葉を置き、核心に迫る言葉を告げた。
「その武器を使う以上、貴方の存在は削られていきます」
「それじゃぁ、俺の呪いの正体は……」
「あなたの呪いの効果は、存在の消滅ではありません。その斧槍を基点としているのは確かですが。どういうわけか、存在を削られないように強固に守られています」
「守られてる、だって? ちょと待ってくれ、ちょっと混乱してきた」
 頭を振るアルディン。千鶴は次の言葉を待っている。
「つまり何か? 俺は、ずっとこの状況を呪いの所為にして来たが、それは誤解で、この武器を持ってたからだって言うのか」
「少し語弊がありましたね。存在を吸収する力は本来それほどない武器のはずだったのです」
 そう言って千鶴は手をさっと横に薙いだ。
 アルディンの幻術が破られ、ガラスの割れるような音と共にガリウスが姿を現す。
 その見とれるような手並みに舌を巻くアルディン。
 もっとも今はそれどころではなく、千鶴の次の言葉を待つ。
「ここまで定型を与えられた”飲み込む者”は存在を吸収する力の殆どを失ってしまう」
 そう言ってガリウスを見る千鶴に、斧槍が鳴動を持って答える。妖気が収束し、斧槍から殺気が伝わってくる。
「貴方が強力な妖魔を倒したとき、その存在を吸収し魔斧槍ガリウスはかつてないほど巨大な力を持った。それは貴方まで侵食する程に。しかし呪いが緩衝材となって貴方を存在の消滅から守っている」
 目の前のこの美女が何を言っているのかわからない。そんな思考停止がアルディンを襲う。
「貴方にかかっている呪いは存在の消滅でなく、因果の固定です」
「因果の固定……」
「その斧槍を含めた貴方と、貴方の関係の深い人を離れられない運命にする。そういう呪いです。貴方がここで今ガリウスを手放しても、必ずそれは貴方の手に戻ってきます」
 それで説明は一通り終わったのか、千鶴は口を閉ざす。
「ガリウス」
 アルディンの声に、妖気が蠢く。それは思念となり、言葉となって伝わる。
『何だ?』
「知っていたのか?」
『我はただの武器、初めて聞いた』
 アルディンがそれでもガリウスに問いただす視線を向けていると、珍しくガリウスが饒舌になる。
『よもやこの者の与太話を信じるとでも言うのか?』
「千鶴は少なくとも呪いの境界線を越えている。俺たちを知覚し、俺たちの知らないことを知っている」
『だとしても結果は変わらぬ。我は契約に従い汝を主として受け入れた』
「つまりあれか、振るえば振るうほどこの呪いが深まっていくということか……」
『矛盾に気付かぬのか』
「……そうだな、最近呪いが弱まっている。千鶴の言う通りなら、説明が付かない」
 視線を送るアルディンに千鶴は意味ありげな笑みを浮かべる。
「違いますよ。原因は分かりませんが、呪いは強くなっているのです」
『逆説こそが真理か』
「呪いが強く、なっている……ベルフェゴール3姉妹か。……他にも要因はいくらでもありそうだ」
『呪いが血に共鳴するか、因果の呪いとは不可思議なものだな』
 アルディンは黙り込む。
 結果が何か変わった訳ではない。
 呪いを解く方法が分かった訳でもない。
 そして千鶴の語ったことが真実かどうかも分からない。
「千鶴」
「何でしょう」 
「分からなくなった!」
 大の字になって寝転ぶアルディン。
「突然すぎましたか」
「突然すぎだ。もっと情緒考えろよ」
「良く言われます」
 そういってお互い顔を見やる。どちらからともなく笑い出した。
「……一人で考えたい」
「それが貴方の出した答えなら」
「何でもお見通しなんだな」
「離れて見えてくることもあります」
「そうか。だったら、明日からしばらくギルドを離れる」
「急ですね」
「いちいちメリュジーヌに相談してたら、色々と説教されそうだしな」
「目に浮かびます」
 少し間を置き、もとから真面目そうな顔をさらに真面目そうにして千鶴がアルディンに語りかける。
「あなたの因果はこのギルド全ての人と繋がっています。忘れないで下さい。貴方の帰ってくる場所、それがここだということを」
 思わず苦笑してしまった。
 千鶴も案外優しいのだと。
「分かってるよ」
 
 アルディンは宣言の通り、その日の夜を持ってギルドと別行動を開始した。

世界樹の葉と命の雫へ続く

  作者

アルディン

コメント
誤字部分を修正しました。偽島の日記に上げる関連で誤字部分を上げておきますね。

  1. 「メリュジーナは思うところがあるのだろう。」
  2. 「メリュジーナに全てを話すと約束したのは、その心の弱さにつけこみ時間を稼いだ悪戯に等しい。」
  3. 「頭を振るアルディン。千鳥は次の言葉を待っている。」
  4. 「もっとも今はそれど頃ではなく、千鶴の次の言葉を待つ。」
  5. 「『我はだたの武器、初めて聞いた』」
  6. 「「いちいちメルジーナに相談してたら、色々と説教されそうだしな」」 - 千鶴 (2009年12月23日 01時21分21秒)