移動目標まであと少しの所、何故かロシェルは一人、思い出し笑いをしていた。
「ねぇロシェル、どうしたの? ご機嫌じゃない」
「えへへちょっとね実は、アルディンさんと昨日の夜……」
と、そこまで言ったところで、言ってはいけないことを言ったような顔になって口をつぐむ。
「っと、何でもないよ」
ロシェルの頬が薄く桜色になっていたのを確認した瞬間、アスナの妄想が爆発した。
「あ、アルディンさんが……ロシェルに……昨日の夜……だとっ!」
アスナの中で高速回転する妄想。
それは勢いを増し、増長と肥大化を繰り返し、そして、アスナはある答えを導き出した。
「はっ、ま、まさか……」
同日、目的の移動を終えてキャンプの準備を始めた一同。
そこに、一人鬼気迫る顔つきでアスナが立っていた。
「アルディン!そこに直れっ!」
いきなり大声で呼ばれ、アルディンはポカンとした顔を向ける。
「はっ? いや何を突然に」
中腰でボケーっとしながらアルディンが問い返す。
「いいから直って下さい」
明らかに危ない目つきでアスナが言う。
アルディンが次の言葉を待っていると、殺気を全身に纏いながらアスナが一歩詰めた。
「貴方、ロシェルに一体何をしたのですか?」
おもむろにアスナは鋭い音を立てて剣を抜き放った。
「ロ、ロシェルにか? いや、何もしてないが」
「とぼけないでっ! 昨日の夜ロシェルに一体何をしたんですかっ!」
「き、昨日の夜ねぇ。あ、あぁ二人で……ってロシェルに口止めされてるんだが」
「貴方って人はっ! 私のロシェルの純潔をっ!」
「待て待て待てぇい! 何かがおかしい! その解釈は何かがおかしいぞ!」
抜いた剣をアルディンに向かって振るうアスナ。
脳天から切り裂かれそうになるのをなんとか真剣白刃取りで受けるアルディン。
「問答無用! アルディンっ、いざ神妙に勝負っ」
「しょ、勝負って。悪いが俺には勝負する理由がないんだが」
「私が勝ったら昨晩何があったのか洗いざらい吐いてもらいます。その上で……もしも…もしも……ならっ!貴方の首を貰い受けます!」
「えーっと、アスナさーん?」
「分かったかぁ!」
「はいっ。って、なんか一方的だ!」
「……いいわ、確かに一方的ね。そうね、ならばこうしましょう。私が負けたら……」
少し気を落ち着けたのか、荒々しくなっていた態度を改め剣をしまうアスナ。
そしてアルディンの顔をじーっと見た後、堂々と口を開いた。
「私がロシェルの代わりに脱ぐわ!」
思わず固まるアルディン。
「えーっと、えーっと」
「勝負は明朝、日が昇ってから。立会人はこちらで用意します!」
「いや、だからね」
「分かったかぁ!」
「はいっ!」
アルディンは萎縮してしまって、そう答えるのが精一杯だった。
翌朝。
「冷えると思ったら、霜が降りてるな」
偽島に渡って数日。渡った直後は肌寒い程度だった気温も、ここ数日で冷え込み、いつの間にか手がかじかむほどになっていた。
この勢いなら夜に雨が降った日なんかには、いずれつららが確認できようにもなるだろう。
しっかりした防寒具を持ってきてはいるが、このまま冷え込みが続くと探索に手間取ることにもなるだろう。
この島の冬がどれ位のものなのか、後でクラウンフィールドの皇女様に聞いておかねばなるまい。
そう考えながら、背後の気配に気づいてアルディンは振り向いた。
「お待たせしまた」
冷たい熱のような凛とした声が響く。
「大して待ってないぜ。そっちは千鶴か」
「立会人を承りました」
アスナの隣に立つのは同じギルドの千鶴だった。
「あんたも苦労するな」
「見物させてもらいます」
「アルディン。心の準備はいいかしら?」
一枚の絵のようにスラリと剣を抜くアスナ。
「お前の敗北した時の条件だけどさ、脱ぐだけじゃ面白くないから寒中水泳な」
「良いわよっ、やってやろうじゃないの。貴方こそ負けたら全部吐かせた後で裸にひん剥いて引きずり回してやるわ」
「言うじゃないかアスナ。言っておくが命の保証はないぞ?」
「黙れこの痴れ者めっ! 我が剣の錆としてくれる!」
構えを取るアスナ。
「よく言った、その言葉そっくり返そう!」
応じてアルディンも構える。
「では、始めっ」
千鶴が声を上げた瞬間、アスナの姿が霞んだ。
目にもとまらぬ早さで迫る矢のような一撃がアルディンを横凪に襲う。
──速いっ──
辛うじて反応したアルディンは恐るべきその初手を交わすと、下がり際に下から振り上げながら斧を振るった。
大地をえぐったその一撃は土を弾きながら迫るアスナを的確に捕らえた。
「この程度でっ!」
アスナは下から襲い来る斧を剣でいなすと、間合いを取ろうとするアルディンに肉薄する。
刺突から切り上げ、切り下ろしへと繋がる華麗な剣の舞を、紙一重で交わし続けるアルディン。
振り注ぐの猛襲の合間を縫って、コンパクトにまとめた鋼の斧が叩き付けるように上方からアスナに迫った。
「でぇぇぇいっ!」
気合の乗った振り上げが、力の乗り切らない高い打点でアルディンの斧の軌道をそらせた。
斧が大地に突き刺さり、アスナの剣がいざ振り下ろされようとした次の瞬間。
アルディンは叫んだ。
「我が意に答えて力となれっ!」
怒号のような叫びと共に大地が膨れ上がり、二人の間に現れる。
突然の召還に危険を感じて飛び退こうとしたアスナ。しかしアルディンはそれを許さない。
あろうことがアルディンは召還された土壁を貫いて死角からアスナを襲った。
小石がつぶてとなってアスナを打ち、続いてくる衝撃は意識を刈り取る程に、強烈にアスナを弾き飛ばした。
だがしかしアスナは倒れない。不屈の闘志と、妹への妄想が、彼女を後一歩のところで支える。
「割と必殺技なんだけどな、今の」
「あら、だったら勝ちは見えたかしら。次はないわよ」
「言ってろ」
今度はアルディンが踏み込み怒涛のように切り結ぶ。両者は一歩も引かず、数十、数百と打ち合った。
タイミングが狂ったのか、アスナの前でアルディンの斧が大地に転がった。
足の届く位置にあったアスナはチャンスとばかりにその斧を足で弾いて遠ざける。
しかし、意識しない位置からの手刀がアスナを捕らえ、剣を弾き飛ばすと、さらに腹に重い拳の一撃を受ける。
アスナは悟る。
意図的な武器の投機でこちらの動きを操ったのだと。
「見せ技使うなら奥の手を持てってな!」
「まだぁっ」
頬に迫る拳を受け止め、予備に持っている短剣を横なぎに振えば、浅くアルディンの二の腕を掠めて短剣は頭上へと抜ける。
「後でアルマに治してもらいなさいっ」
ダメ押しの一撃を肩めがけて短剣を振り下ろしたアスナは、そこでがっちりとアルディンに腕を押さえられた。
「こっちの台詞だっ」
巧みにアスナを手を捻り上げて短剣を手放させると、アルディンは勢いを殺さず腰にアスナを乗せるようにして放り投げた。
軽々と投げられ世界が反転したアスナは、視界一杯に広がった大地に背中から叩きつけられる。
息が詰まって言葉にならない。
一瞬動けなくなったアスナの肩を抑えて、アルディンは拾い上げた短剣をのど元に突き出した。
「チェックメイトだ」
「チェックメイトよ」
怪しく光るアスナの目。
アルディンの背後には念動力で浮かび上がった剣が、いまにもアルディンを貫く寸前で止まっている。
「ここまでやるとはなぁ、正直驚いた」
身を引いて短剣を下げるアルディン。
「ちょっと見くびってたかしら」
華麗に剣が舞い、立ち上がったアスナの手へと収まる。
「でも勝負はこれからよ」
「いんや、ここまでだ」
「ちょっと、逃げるの?」
冷たい目が光るアスナに半眼でアルディンは返す。
「付き合ってられん。それに、もうその必要もなさそうだ」
アルディンが親指を立てて横を指す。
ロシェルが、何か抱えて佇んでいた。
「えっと、その、アスナ姉さま」
いぶかしみながら近づくアスナに、ロシェルはもじもじと箱を差し出す。
「はいっ、プレゼント!」
「え……プレゼントって」
「今日はね、大切な人にプレゼントを贈って幸せになってもらう日なんだよ」
満面の笑みを浮かべるロシェルに、アスナは差し出された箱を手に取る。
「あ、開けていいの?」
「うん。さっき完成したんだ」
アスナが箱を開くと、そこには手編みのマフラーが。
「ロシェル……」
感極まったようにアスナはロシェルを抱いた。
「ありがとうっ」
「えへへ、アルディンさん裁縫上手なんだよ。教えてもらっちゃった」
「え゛っ」
アスナは振り返りアルディンを見る。
「恥ずかしくて裁縫が得意なんて言えん」
ソッポを向きながらアルディンは頬を赤らめた。
「あ、雪……」
ロシェルが見上げれば、ポツポツと雪が降り出している。
すっかり日も上がり、明るくなった空にはしかし厚い雲はない。
陽光を浴びてキラキラ輝く雪が笑っている気がした。
後日平伏して誤るアスナがどうしてもお詫びをしたいと言い出し、あまつさえ脱ぎだしたので、女性陣に頼んで水着を着させてで水中に放り込んだのはまた別の話である。
***
怒ってトランスしたアスナもかわいい(ハート)とか思ってもらえれば幸いです……ごめんなさい。
真実を告げる者へ続く
作者
アルディン