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SS:集結せし英雄(中編)

 アーキッシュは叫ぶや直ぐに抜刀し、カルフォに向けて刃を向ける。
 カルフォ。それは以前起きたこの島の異常な崩壊現象の時に、アーキッシュを背中から撃ち、身包みを剥いで行った男の名だ。
 頼れる仲間だと、そうアーキッシュは思っていた。あの時までは。
「よくも俺の前に顔を見せれたもんだな、俺がどれだけ苦しんだが……」
「良く覚えていないが……何処かで会ったか?」
「何処かで会ったか……だと? 言ってくれるっ! ……分かった。よーく分かった! あんたがどういう人間かっ」
 アキが下段に構え直してカルフォに向かって走る。
「考えが足りないのは変わって無いな」
 力みすぎて直線的になったアーキッシュの横凪の剣閃を後方に飛んで交わすカルフォ。
「そうやって偉そうにっ!」
「それよりいいのか?」
 そう言ってアゴをしゃくるカルフォ。
 アーキッシュが警戒しながらかすかに視線を向ければ、崩落した土砂の下から巨大な腕が生えたところだった。
 腕の近くにいた二人の女性が運悪く巻き込まれて倒れているのが見て取れた。
「何だ……あれは……」
「お前が落ちてきた理由だ」
 気を取られたアーキッシュがその言葉に振り向けば、既にカルフォは遠くへと走り出している。
「逃がすかっ!」
「そこの二人を放っておくのか?」
 そう言い放つカルフォに一瞬アーキッシュの中で葛藤が生まれた。
 カルフォは隙を突いて逃走用に用意していた煙幕を投げる。
「冷たい男だな、お前は」
「あんたって人はぁぁっ!!」
 広がる煙幕に向かってがむしゃらに前に進むアーキッシュだったが、時既に遅く、煙の外に出てみれば、何処にカルフォが向かったか分からなくなっていた。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 アーキッシュはすっかり暮れて月夜となった空に向かって吼える。
 そしてそのままカルフォの去った方向に背を向け、埋まった体を引きずり出しつつある魔獣に向かって走り出す。
「それでもっ、俺はっ!」
 助けを求める人がいるなら、それを放ってはおけない。
 誰かを助けるのに理由はいらない。
 そんな自分の本質にアーキッシュは薄っすら気付き、刀を握る手に力を込める。
 怪我をしているのか、片足を引きずる様にして逃げる二人の女性と魔獣との間に立ちふさがる。
「今日の俺は機嫌が悪いぞぉ!」
 そう言って一息で距離を詰めると、襲い来る丸太のような巨大な腕に向かって切りつける。
 盛大に飛び散る黒い血を浴びながら、アーキッシュはただ一人、魔獣に立ち向かった。
 土砂の合間から立ち上がる魔獣の姿は地獄の底から這い出す悪魔の姿そのものであった。
 
 
「この感覚……何? 何なの?」
 偽島の地下2階。暗い階段のその先で、急にロシェルがうずくまった。
「どうしたの、ロシェル」
 隣を歩いていたアストレアがロシェルの肩に手を置きあわてて介抱する。
「アスナ姉さま……何か、急に胸が締め付けられるような、そんな感じがしたんです」
 青白い顔を上げて、アスナを見上げるロシェルの目は微かに潤んでいた。
「胸がですか? お姉さま恋でもしましたの?」
 頬を微かに染めて楽しそうに問う。
「え、えっとそんなんじゃなくて」
 メリュジーヌの言葉に何を思ったか、ロシェルは顔を赤くしてうつむいた。
 しかし再び襲う感覚に目をそばめる。
「こう、不安が広がっていくような、暗い闇が広がっていくような……」
「何か力を感じたんですね?」
 いつもの感情の薄い声で千鶴が言う。
「はい……」
「……念のため、確認しましょう。方角はどちらですか?」
 言われるままにロシェルは指で遠くを指す。
「分かりました。そのまま少し待ってください」
 言うと千鶴は意識を集中させていく。
 心と肉体を切り離し、世界へと飛び立つ。。
 千鶴は同位体を様々な次元に持つ多次元存在であり、この島でも精神だけの存在が器を得て動いているに等しかった。
 限定的では在るが、精神だけの存在へと戻り世界を飛翔することすらできる。
 もっとも、これはギルドのメンバーには内緒なのだが。
 世界を飛翔する千鶴。
 来た道を戻り、ロシェルが指し示した方向へと音の速さを超えて進む。 
 それはすぐに見えた。
 黒く巨大な魔獣の姿がそこにはある。
 悪魔と呼ばれる妖魔の眷属だろうか、2本の雄々しい角を生やし、巨大な4枚の羽を生やしている。
 体液なのだろうか、黒い液体に覆われ、禍々しい闇色の体表がぬるりと光った。
 二本の足で大地に立ち、巨木の合間をゆっくりど動きながら、身も凍るような雄たけびを天に向かって吐いている。
 見れば誰かが戦っているようだが、まったくといっていいほど痛手は負わせていないようだった。
 その先にアリシアとウィオラの姿を確認する。
 ──これは……いけませんね。世界の歪みを感じます──
 存在が精神世界寄りの千鶴だからこそ分かる巨大な闇がそこにはあった。
 貪欲に周囲の存在を吸収し、瘴気と力に変える存在。
 あそこにいるのは、ガリウスに飲み込まれたアルディンだと、千鶴は確信した。
 こうなる懸念を以前から持っていたし、そのために監視をしていたという面もある。
 何が切っ掛けでこうなったかは分からないが、目の前のこの黒い魔獣は明らかにこの世界の敵だった。
 そこですぐに千鶴は肉体へと再び移動を開始した。
「確認しました」
 ゆっくりと千鶴が目をあける。
「緊急を要します。アリシアさんとウィオラさんが巨大な魔獣に襲われそうになっています」
 アルディンであることは伏せて千鶴が言う。
「千鶴さん貴女……一体……それよりアリシアさんとウィオラさんがどうなさったの?」
「詳しくは分かりませんが、かなり強大な魔獣のようです。山ほども在る体躯に高い再生能力を持っているようですね」
 千鶴はメリュジーヌを見て少し言葉をためると、言外に命の危険を示唆しながら短く問う。
「どうされますか?」
 メリュジーヌはそう聞かれるやギルドの面々を見回し直ぐに言う。
「もちろん助けに行きますわ。仲間を見捨ててなどおけません。皆さん、至急戦いの準備を!」
「……分かりました。では位相変換ゲートを作成します。プララさん、スズミヤさん、手伝ってください。ゲートを通れる人数には限りがあります。メリュジーヌさん、私とプララさんを含めて5名の人員を選出してください」
 千鶴は言うや近づいてくるサクラとプララの二人に召還門を人が通れるようにレクチャーしていく。
 それは異世界の知識であり、存在しない技術であった。本来は伝達しないよう心がけているものだが、そうも言ってはいられない事態である。
「私が目的地とここをアストラルサイドから繋げます。二人にはそれを固定化してもらいます。スズミヤさんは申し訳ないのですがこちらに残ってゲートを維持して下さい。プララさんは私と一緒に一番最初に移動してもらいます。いいですか……」
 テキパキと作成する術式の指導を行う千鶴。
 二人が理解したのを見て取ると、一同を振り返った。
 整然と並ぶ。ギルドの面々。
「救出隊はわたくしと、ロシェル、アストレア、プララ、千鶴の5名としますわ。ベルフェゴール家の力を見せてくれましょう」
「分かりました。皆さん、このゲートには制限時間があります。時間が過ぎるか、ゲートが破損した場合、私たちはここに戻されます。時間がありませんので詳しい理論は省きますが、そういうものだと理解してください」
「それはこのゲートを守りながら戦うことになるかも知れないってこと?」
 アストレアが組んだ腕はそのままに、片方だけ挙手しながら言う。
「そうですね。正確にはプララさんがほとんど戦闘に参加する余力がないだろう、ということです」
「分かりましたわ」
 頷いたメリュジーヌが振り向く。
「残られる皆さんは現状待機とします。人数が減りますので危険なエキュオスに襲われないよう、周囲の警戒を怠らずに。いざという時は遺跡外への撤退も視野に入れて行動して下さい。よろしいですか?」
 居残り組の年長となるマリナが代表してメリュジーヌに答えると、メリュジーヌは千鶴へと頷いた。
「準備は良いですね?」
 サクラとプララが頷く。
「では始めましょう」
 その言葉を合図に、いままで見たこともない召還門が中空に広がっていく。
『開門』
 サクラとプララの言葉が重なった。


 時同じくして道端に転がったアルディンの荷物から小さな明かりが零れる。
 マリナが作成した通信用の魔法陣の欠片だ。
 石を中心に周囲にマナの力が広がり、召還ゲートを形作っていく。

 戦いは今始まろうとしていた。

集結せし英雄(後編)へ続く

 作者


アルディン