トップ 新規 編集 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ RSS ログイン

SS:集結せし英雄(後編)

 時同じくして道端に転がったアルディンの荷物から小さな明かりが零れる。
 マリナが作成した通信用の魔法陣の欠片だ。
 石を中心に周囲にマナの力が広がり、召還ゲートを形作っていく。
「プララさん、ここで召還ゲートを固定してください」
「分かりましたっ」
 辛そうな顔で欠片から生まれたゲートを固定するプララ。
 そして次々とギルドの面々が現れた。
 アスナ、ロシェル、メリュジーヌの3名が出たのを確認して千鶴がうなづく。
「プララさん、すぐに助け出してきますので、いましばらくお願いします」
「どーんとまかせてー」
「さぁ行きますわよっ!」
「既に戦端が開かれているようですね」
「先行します」
「急ぎましょうっ」

 壮絶な死闘を演じるアーキッシュと魔獣化したアルディン。
 大地がめくれ上がり、粉塵立ち込める中、アーキッシュが何度目かの強烈な斬撃を叩き込んだ。
 当初全長が5メートル程度だった魔獣アルディンは、戦い、傷つくごとに巨大化し、今やその大きさは8メートル程度まで大きくなっていた。
「こいつ、こんなに大きかったか?」
 斬りつけた場所は致命傷、首筋から腹にかけて太刀筋だったが、一瞬の間に黒い血が傷口をふさぐ。
 そして、また少し膨れ上がる。まるで、もっと力をと言っているかのように傷を治し、力を巨大化させていく。
「いいさ……やってやる。限界を超えろというなら超えてやるっ!」
 呼吸を乱して肩で息するアーキッシュは全身に力を込めた。
 鼻から顎にかけて狼のようにせり出し、体の筋肉が激しく膨張する。やがて体毛が濃くなり全身を覆いだすと、鋭い爪が生え、巨大な牙が姿を見せる。
 足は虎の後ろ足のように引き締まり俊敏さをうかがわせる。腕は熊のように太く巨大であった。
「GURIIIIIIIIIIII!!」 
 狂気をはらんだ絶叫を上げ、姿を変えたアーキッシュが斬りかかる。
 一刀、一閃。
「グオォォォォォォオッ!」
 魔獣となったアルディンのその丸太のような巨大な腕を切り飛ばした。
 地響きを立てて腕が大地に落ちる。
「GURIIIIIIIIIIII!!」
 続けて巨大な足へと斬りかかる。
 しかし斬り飛ばされたはずの腕が意思を持つかのように動き、アーキッシュを掴み取る。
 切り口から黒い血が噴出し、まるで何事もなかったかのように繋がった。
 そして、また一回り体が巨大化する。
 腕力にものを言わせて握りつぶそうとする魔獣アルディン。
「GURAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
 しかし、指を引きちぎってアーキッシュは脱出する。
「グオォォォォォォォオッ!」
 すぐさま距離を取れば、軽く背中を丸めた姿勢を取って、魔獣アルディンを中心に円を描いてゆっくりと動き出す。
 月明かりを受けて暗く光る刃に魔獣アルディンを映し、アーキッシュはじっと隙をうかがった。
 力と力がぶつかり合う人知を超えた戦いに、足を痛めたアリシアとそれを介抱するウィオラはただ恐怖を感じるばかりだった。
 隙を伺い攻撃するアーキッシュだったが、次第にその動きは捉えられ、攻撃するたびに弾かれ、いなされ大地に叩きつけられる。
 魔獣の猛攻に、変貌したアーキッシュが押されていく。
 狂気をはらんだ獣の声が、その必死さをリアルに伝える。
 アリシアとウィオラの二人が、死を覚悟し始めた、その時。

 ドゴゥゥウン!!

 爆音。業炎。 巨大な火炎球が魔獣アルディン目掛けて降り注いだ。
「さぁ巨大な魔獣さん、その角はよい防具の材料になりそうですわねっ」
 再びメリュジーヌの作り出した巨大な火球が魔獣を襲い、大爆発を招いた。
「頑丈ですことっ!」
 今度は数十個の小型な火炎の弾丸が魔獣アルディンを周囲から取り囲む。
「行きますわよっ」
 アストレアと千鶴が間合いを開けるのと同時に胸元目掛けて炎の弾丸が降り注ぐ。
 連続して爆音が轟き、爆炎が魔獣を覆った。
「本当に頑丈ですこと。どう攻めたものかしら……」
 必殺の一撃が牽制の一撃にしかならないことにメリュジーヌは目を細める。
「チェストォォォォォッ!」
 気合一発、愚風となって斬りつけるのはアストレア。
「ハァツ」
 わずかにタイミングを遅らせて続くのは千鶴。
 メリュジーヌの作り出した隙をついて、二人の剣士が一気呵成に攻め立てた。
「メル……来てくれたのね」
 傷の痛みを隠して窮地に駆けつけた仲間に微笑むアリシア。薄っすらと瞳に涙が浮かんでいた。
「私はギルドの仲間は見捨てませんわ。たとえそれがどんな窮地だろうと」
「ロシェル……」
「姉さん……」
「さぁロシェ姉さまは下がって二人の傷の手当てを。私は援護に入りますわ」
 勝利を確信できるような力強い笑みを浮かべた若き当主に、アリシアとウィオラは元気付けられて下がっていく。
 一方でメリュジーヌは厳しい顔で振り返った。
 目を移せば限界に達したのか、アーキッシュが腕に弾かれ大地に盛大に転んだきり起き上がってこない。
 やがて獣化が解けて裸の上半身が姿を現す。
「あの方、助けてくださってたのでしょうね。たった一人であんな大きな魔物に立ち向かうなんて、立派ですわ」
 今度は氷の刃を出現させて魔獣のふともも辺りへと斬りつける。
 しかし傷はすぐに回復し、追撃をするアスナと千鶴の攻撃もまったく通用していなかった。
「本当に、上級妖魔の私をこうもあしらうとは、許せませんわね。大きいの行きますわよっ!」

 メリュジーヌの合図に千鶴が距離を取れば、そこに巨大な風の刃が現れ、触れるものを片っ端から切り刻んでいく。
 しかし切り刻まれる端から黒い血が噴出しては再生していき、軽く体制を崩しただけで、何事もなかったかのように魔獣は立っている。
 僅かな隙に再び近づいた千鶴は魔獣の腕目掛けて跳躍した。 
──存在を吸収する魔斧槍ガリウス……ならばその存在を打ち消してしまいましょう──
「力よっ!」
 千鶴の剣が燐光を帯びる。それは存在の力の結晶。
 世界を渡る千鶴の操る最高峰の技。
「剣の歌声此処に有り、その旋律尽きる事無し。今此処に我が友の力により汝に安息を与えん!
 奥義 エンドレス・レクイエム!!」
 燐光を帯びた剣が激しく瞬き、触れた魔獣を消し炭に変えていく。
 瞬間、しかしあらぬ方向から黒い血の塊が千鶴を捕らえた。
 それはすぐさま腕の形を取り、消し炭に変えられたはずの腕は元通りへとなる。
──存在の消滅より周囲の存在を吸収する方が早い!? なんてことっ──
「くっ、ふっ……」
 圧殺されるかと思いきや、寸前勢い良く腕を切りつけたアストレアの峻烈な一撃に魔獣は千鶴を放り出す。
 そしてアスナへと拳を突き出した。
 向かい来る大砲のような一撃を、剣を叩き付けていなしたアストレアは千鶴を抱えて後方へ距離を取る。

 肩で息をつくアストレアは、メリュジーヌの隣に千鶴を降ろした。
 苦悶の声が小さく漏れる。
「千鶴さんっ!」
 丁度アリシアとウィオラをプララの近くまで避難させたロシェルは戻ってくるなり千鶴へと治癒魔法をかける。
 片膝をついて苦しんでいた千鶴の頬が赤みを取り戻し、表情が和らいだ。
「限が無いわね……攻撃本当に効いているのかしら」
 厳しい顔で魔獣を睨むアスナ。辛うじて助けられた千鶴の口からは血の雫が顎へと伝っていた。
「すぐに傷が塞がってしまいますわ」
「いいえ、よく見てください。確実に効いている攻撃があります」
 血を拭いながら千鶴は魔獣を一点を指す。
「あれは……アスナお姉さまの斬りつけた傷ですわね」
「本当ね、あそこだけ傷が塞がって無いわ」
 もぞもぞと黒い血がうごめいているが、しかしなかなか傷が塞がらない。
「仮説ですが、その剣で与えた一定以上の深さの傷だけ完全に修復できないのかもしれません」
 そう言いつつ、千鶴はアスナの持つ剣、バアル=ベオルを注視した。
──目の前のこの魔獣は、アルディンというより、存在を吸収する魔斧槍ガリウスの魔力が暴走した形のように思える。
  ならばその核となるのはガリウスが意思を持ち始めた切っ掛けであるベルフェゴール伯爵の力に違いない。
  その伯爵の力が宿るバアル=ベオルは対抗手段になりえる──
「アスナさんを全面的にバックアップします」
「いいわ、やってやる。ベルフェゴール家の力、今こそ見せてくれましょう。ロシェル、力を貸して」
 うなづくロシェルの脇から、ずいっとメリュジーヌが一歩前に歩み出でた。
「……どうやら本気で相手をしないといけない様子ですわね。私が時間を作りますわ。アスナお姉さまが力を使うには少し集中が必要でしょう?」
「それくらい、なんとか……ってメル、貴方もしかして」
「ロシェお姉さま、着替えを手伝ってくださいまし」
 慌ててロシェルが近づけば、メリュジーヌは恥ずかしげもなく服を脱ぎだす。
 すかさずロシェルは脱ぎ捨てられる上着をキャッチすれば、づづく衣擦れの音。
 そして現れる月光に透けるように輝く肌。
「メル……」
 服を拾い上げて腕に抱くロシェルの心配そうな視線に、メリュジーヌは笑い返す。
「そんな心配そうな顔してはいけませんわよ。私は、私に出来ることをするのですから」
 そして、全身の魔力を総動員して己の力を開放していく。
「離れてくださいっ」
 ロシェルが叫べば、メリュジーヌを中心に視覚化できるほどの濃密な魔力が周囲に放射されはじめた。
「何が……はじまるのですか?」
 魔力は風となり近くにいた千鶴やアスナ、ロシェルの髪を靡かせた。
「メルっ、少しだけでいいわっ! 無茶はしちゃだめだからねっ!」
 片手で髪を押さえたアスナがメルへと叫ぶ。
 溢れ出した魔力が徐々に広がっていく。
「さぁ、ベルフェゴール家当主、 メリュジーヌ・ユベール・フォン=ベルフェゴール、今こそ夜の理を知らしめましょう」
 メリュジーヌを中心に魔力が爆発するように広がっていく。そしてその魔力は黒い霧となって辺りを覆い尽くした。
 闇が蠢き、世界が感嘆した。
 霧の中から巨大な竜の顎が姿を現す。
 雄々しい角。鋭い瞳。巨大な牙。
 瞳がギラリと光り辺りを睥睨する。
 風が闇の霧を切り裂けば、現れたのは体系よりも目を見張る巨大な翼であった。
 翼を支える長大な胴体は蛇のごとく長い。
 天を突くように胴体を持ち上げ翼を広げたたその姿は、大地に突き刺さる巨大な剣杖のように鋭く、攻撃的であった。

爆炎の向こう側に放てへ続く

 作者

アルディン