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SS:集結せし英雄(前編)

「ちょっと、何よあれ」
 日の落ちかけた空を見上げながら呆然とアリシアは呟いた。。
「何ですか? 今ちょっとお料理で手がはなせなくって」
 簡易テントの脇でミトンを手に鍋を持ち上げていたウィオラがアリシアを見ずに言う。
 鍋の端から吹きこぼれる泡からいかにもおいしい匂いが立ち込める。
 最近は夜が冷える為、外ではなくテントの中に料理を持ち込んでいた。
「そ、それどころじゃないわよっ! いいから逃げるわよ」
 急に声を強張らせて、アリシアが駆け込んでくる。
 テントから覗き込むその顔には恐怖の色が見て取れる。
 切羽詰ったようなアリシアに何事かとウィオラが振り返る。
「逃げるって、そんな急に。何があったんですか?」
 あまりの様子にウィオラはテントの外をのぞき見る。
 手に付けていたミトンがトサリと落ちた。
「そん……な……なんですか、あれ……」 
 ズシン、ズシン、と巨大な何かが足を進めている。
 夕暮れの中、木々を越えてそびえる巨大な魔物の影がだんだんと近づいていた。
「グォォォォォオオオオオッッ!」
「逃げるわよっ」
「逃げましょう!」
 言うや簡易テントを立てた時に倍する勢いで二人は荷造りを始める。
 テントをたたみ、広げていた戦利品やら日用品やらをまとめてリュックサックに詰め込むアリシア。
 お鍋の中身を水筒に入れ、作った料理をタッパに詰め込みラップで包み、そのまま調理用具を見事な手さばきで纏め上げるウィオラ。
 風の如き勢いで荷造りを終えた二人は、そのまま全力で駆け出した。
「っと、何か忘れてない!?」
「忘れててもいいから逃げますよっ!」
 そして二人は顔を見合わせて、お互いに指差して言う。
「アルディン!!」
「アルディンさん!!」

 正直、一投目の短剣が命中した時点で仕事は終わっているはずだった。
 猛毒を塗った短剣に地霊を使った呪縛式を多重に掛けて作りあげた至上の暗器が見事に命中したのだ。
 狙ってやっても何度とできることではない。
 最善のタイミングで投げた、最高の一撃だった。
 予定が狂ったのはそこからだ。
 目標は倒れない。何故か毒も効いていない。
 意図しない何者かの介入を受ける。
 同業者らしいその何者かは、戦闘の挙句、今や血溜まりの中で肉片に変わり果てている。
 そして、目に映るあれだ。
 巨大な魔獣が漏れ出る瘴気は周囲の草木を枯らせ、何故自重を支えられている分からないその一歩は弱い地盤を割り、大地を陥没させながら進んでいる。
 そう、変わり果てた目標はあきらかにこちらを狙って進んでいる様子なのだ。
 長い探索の旅をこの島で送ったことを思い返しても、ここまでのことは無かった。
「追加料金どころではないな」
 ここまで話と違うと契約を破棄して違約金を頂戴するのが最も正しい対応のように思える。
「この木偶の坊がっ!」
 そう言い放ち、笑いながら下げていた武器を抜き放つ。
 ミニガンと呼ばれるガトリングガンだ。
 流通の都、ザラで金にものを言わせて作った特注品。
 弾薬が高いので普段はあまり使わない。
 ばら撒かれる弾丸が魔獣に触れるや爆発するように部位を破壊し血飛沫を上げる。
 だがすぐに黒い血がうごめき、破損した箇所を修復していった。
「だったらここはどうだ?」
 フルオートで撃ち続けるミニガンが膝を砕き、腹を打ち抜き、そのまま頭部を破壊する。
 肉片がばら撒かれ、内臓の爆ぜる音が木霊する中、ただ引き金を引き続ける。
 十分な弾丸を撃ち込み様子を伺えば、硝煙の匂いと血煙の向こうに、黒い血による再生の嵐が伺える。そして大きく持ち上げられる巨木のような腕。
「脳を破壊されても動くってのは、どんな生き物なんだかな!」
 普段は無口な自分が異様な光景に饒舌になりつつあるのに気付き、思わず皮肉な笑みが零れる。
 破壊したはずの顔面はすぐさま再生し、まるで攻撃を意に介さないかのように巨大な腕が振り下ろされた。
 爆砕する大地。弾丸のように襲い来る破片と粉塵が、周囲の木々や岩をさらに破壊する。
 仕方なく後退しながらミニガンを乱射しながら後退するも、手応えがまったくないことに攻撃を諦める。 ついには全力で逃走を開始した。
 金にならない仕事はしない。
 そういう主義だ。

「ちょっと、何? 誰か戦ってるわよ?」
「戦ってるって言われてもっ、こっち来ます!」
「ウィオラっ」
 大地が爆ぜ、粉塵と岩が飛んでくる。
 危うくウィオラに当たりそうなところをアリシアが押し倒して難を逃れた。
「大丈夫?」
「すいませんアリシアさん……」
「気にしないで。それより、早く逃げるわよ。あっつ……」
 アリシアが足を押さえてうずくまる。
 ウィオラが見れば、鋭い岩の破片に切り裂かれ、血が流れていた。
「アリシアさんっ」
「大した傷じゃないわ」
「でもっ」
「いいから、気にしない」
 自分のせいだと言い出しそうな顔で目を潤ませるウィオラにアリシアが優しく笑いかける。
「どうにも逃げ切れそうに無いわね。私たちを追ってきてるならいくら逃げてもあの大きさよ、逃げ切れそうもないわ。そうでないなら隠れてやり過ごせるかも」
 力強く笑いかける。
「いくわよっ」
「はいっ」
 二人が森の切れ目の先にある崖へと進路を変えたところで、茂みの中から何かが飛び出す。
 一瞬新手のエキュオスかと思った二人は、すぐさま戦闘体制を整えた。
「島の冒険者か……」
 そこに居たのは黒衣のローブに身を包み、ハンドサイズにカットしたガトリングガンを構えた男だった。
 全身埃まみれ、ローブのそこかしこがやぶれている。
 真新しいローブの破れ具合を見るに、何かしらに襲われた後なのだろう。
「誰……」
 警戒しながらアリシアが問う。
「敵ではない。丁度いい、あれから逃げているのだろう? あれを止める。手伝え」
「さっきの戦闘は貴方だったのね……」
 アリシアがうろんげな目線を男に向け、ウィオラはそんな二人の様子を伺っている。
「気付いていたか。頭部を破壊しても動くようなやつだ、面と向かって戦っても意味はない」
「それじゃぁどうしようも……」
 目を見張るウィオラに視線を移すと、男はかすかに口の端を持ち上げる。
「考えが在る」
「……アリシアよ」
「……ウィオラです」
「カルフォだ」

「こんな爆薬どこからもってきたのよっ」
「いいからさっさと設置しろっ」
「こっちの準備はできました〜」
 カルフォが取り出したのは掘削用のダイナマイトだった。 
 ザラの商会で流通が管理され、市場にはあまり出回らない品である。
 ウィオラが完了を叫ぶと、アリシアも続いて設置完了の合図をする。
「いいぞっ離れろっ」
 距離を取る二人を目の端に距離を測る。
 単純な話だった。
 逃げ切れそうにないなら足止めをしてしまえ、ということである。
 崖に設置したダイナマイトで崩落を起し、埋めてしまう作戦だ。
「そこっ」
 丁度魔獣化したアルディンが崖の下に差し掛かったとき、狙い澄ました弾丸が見事にダイナマイトに命中し、大爆発を起した。
「グオォォォォォォオオオオオオオオオオッ!!」
 魔獣の叫び声が木霊する。崩落する岩石に飲み込まれ埋まっていく。
 そして、
「のわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 何故か場違いな声が上から降ってくる。
「生きていたか」
 見覚えのある声だと思えば、以前島でパーティーを組んでいたアーキッシュであった。
 相変わらず良く落ちる男だ、と思いつつ、面倒な男と出会ったものだと目を細める。
「いつつつ……」
「えっと、何で人が……」
「しかもあの高さから落ちてきて生きてるし」
「死ぬかと思った。好きで落ちてきたわけじゃ……あ、あんた……」
 腰をさすりながら起き上がったアーッキシュの視線は、ローブに深く埋もれて顔を隠したカルフォの冷たい瞳へと吸い込まれていた。
「何で……何であんたがこんな所にっ!」


集結せし英雄(中編)へ続く

 作者


アルディン