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SS:兄馬鹿と姉馬鹿

 アルディンは手袋を眺めていた。
 手編みの、片方だけの手袋だ。
 別に山岳地帯を越える為に準備した訳でもない。
 この山岳地帯を抜ける強行ルートは、先に進む本隊にウィオラを届ける為のルートだ。
 行きがかり上アリシアとウィオラに出会ったアルディンは二人を連れて本隊を追うこととなった。
 距離を置こうと思ったにも関わらず、何故かまた合流へと動いている。
 呪いが強くなっているというのは本当かもしれない。
 山岳の途中で襲ってきた歩行小岩と黒豚を撃退した後、休息を取る片手間に荷物整理をしていたら、でてきたのが片方だけの手袋だ。
「何を眺めてるんです?」
 戦闘後の休憩を木陰でしていたアルディンにウィオラが覗き込むように問うた。
「あぁ、ちょっと思い出の品でな。別れ際にロシェルからもらったんだ」
 送ってきた相手に思いを寄せているのか、柔和なアルディンの顔にウィオラは見入ってしまう。
 ウィオラの大切な人もこんな笑い方を良くする人だった。
 それにしても何を送っているんだろうあの子は、とウィオラは思う。
 ロシェルこそはウィオラの弟だ。
「ロシェルから……ですか」
「片方だけ出来たんで渡すってさ。元々裁縫教えてやったのは俺なんだけどな」
「あ、アルディンさんが教えたんですか」
「他には言うなよ? 裁縫が得意ってのは内緒なんだ」
 ウィオラは思う、ロシェルすっかり女の子女の子してるなぁと。
 あの子は、弟。そう男なのに。ちょっと女の子をしすぎである。
 どうしてこうなった。
「アルディンさんから見てロシェルってどういう子ですか?」
 探るように問うウィオラ。
「なかなか魅力的な、優しい、いい子だよ」
「そ、そうですか。魅力的ですか」
 なぜか絶望的に言葉を漏らすウィオラ。
「急にどうしたんだ?」
 あまりの落胆に今度はアルディンはウィオラを見上げるように覗き込む。
「い、いえ、丁度同じ年頃の弟がいるはずなんですが」
「ふむ、はずってのはまた変な言い方だな」
 いぶかしむアルディン。
 気分が悪いわけでもなさそうだったが、話が長くなりそうな予感がしたので木陰の座りやすい場所を譲る。
 ウィオラはそのままアルディンの開けた場所に腰を下ろした。
「生まれて直ぐ生き別れになりましたから……」
 隣に座ったウィオラの、さらっと言う一言にしては重大な発言に、アルディンは少し言葉が詰まる。
「ウィオラの弟ってことは」
「あぁ、ウイユでいいですよ」
「じゃぁ、ウイユ。探してるのは次期国王ってことか、そいつはまたなぁ」
 アルディンは難しい顔で考え込む。
 ウィオラの弟の話は聞いたことがない。同盟国であり、許婚として将来を誓い合う国にも伝わらぬ王子の存在。
 表には出せない何かがあるのだろう。
 そういえばウィオラの国では王妃が妖魔の国に連れ去られたという過去がある。
 海洋国家クーベルタンにおける妖魔の国への攻撃論が高まったことは、シルグムントと妖魔の国の開戦を援護する面があった。
 秘密の王子が育ったとすれば妖魔の国でのこととなる。
 案外メリュジーヌあたり詳しいのかもしれない。
「弟が居ると聞いて、いても立っていられずここまで来たのですけどね。きっと母の遺伝子を受け継いで美少年に育っていること間違いなしなんです」
「俺にも妹がいてな」
 少し貯めてからアルディンが言う。
「アルディンさんに妹が?」
「あぁ、こんな話誰にもしてないんだが。家族ってのはやっぱり守ってやりたくなるもんだよなぁ」
「そうですよね。きっと正装させたら美男子に違いないんです」
「あいつもちっちゃい頃は可愛かったなぁ」
 そこでお互いに見つめあうアルディンとウィオラ。
「気が合うな」
「気が合いますね」
 アルディンの差し出す手をがっちり握り返してお互いに頷く。
 そこに男と女の垣根を越えた友情が成立した。
「どんな妹さんなんですか?」
 距離が縮まったのか笑いながらウィオラがアルディンへと聞いてくる。
「……あぁ、しばらく会ってないから昔の思い出ばかりだが、なかなかの器量良しでな」
 言うアルディンは完全家族自慢の顔だった。
「うふふ、兄馬鹿ですね」
「なんとでも言え」
 嬉しそうに答えるアルディン。
「歴史に残る美女になること間違いなし」
「それはそれは」
 真顔で言うアルディンがウィオラは面白くて仕方なかった。
 こんなに笑ったのは何時以来だろうか。
「そうそう、昔俺の大切にしていた模型があったんだが、妹が友達に見せると持ち出してな。これがものの見事に破壊されて帰ってきたことがあったんだけど」
「それで」
 上手な聞き手にアルディンがいつもよりも饒舌になる。
「泣きべそかいて謝るから怒るに怒れなくてな。許してやったときの笑みが未だに目に焼きついてて……可愛いかったなぁ」
 遠くを見つめるアルディンの目が輝いている。
「あぁ羨ましいですね。私にもそんな思い出があれば良かったのに」
 弟で同じシーンでも想像しているのだろうか、ウィオラの目も何故か光に満ちていた。
「……小さい頃に生き別れたんだっけか。なぁに、だったらこれから作ればいいさ」
「そうですよね」
 明るく返すウィオラ。
「そうそう。再会したら流行のファッションさせてだな」
「いいですねっ、買い物に連れて行って色々買ってあげなきゃ」
「美少年だと彼氏に間違えられたりしてな」
 アルディンの彼氏発言に思わずどきりとするウィオラ。妄想が妄想を呼ぶ。
「ああぁ、それいいです。じゃぁアルディンさんも妹さんを買い物に連れて行ってですね」
「色々ねだられそうだなぁ。うん、悪くない」
 妄想をしたあげく鼻血をつーっと流すアルディンと、蝶がひらひらと頭の周りを飛んでいるウィオラ。
「あんたら何やってるのよ……本当に」
 二人に冷たくハリセンを持ったアリシアが言う。
 威勢の良い音が偽島の空に木霊した。

新月の夜(前編)へ続く

 作者

アルディン