探索が終わって宿屋レギオンズソウルに戻ると、直ぐにアルディンはあてがわれた部屋に戻った。
マリナ姫の財力でレギオンズソウルの各部屋には各々思い思いの装飾が施されている。
アルディンの部屋にはこぢんまりとした木の香るプライベートバーや、書棚、木製の丸テーブル等が置いてあり、それぞれ品の良い装飾が施されている。
プライベートバーに用意してある皿を手に取り丸テーブルの上に乗せる。
小さな果物ナイフを脇にどけ、皿の上に手に入れた一枚の紙を乗せた。
ヴォイニッチ写本。
星の記憶へとつながる魔導書の一つで、持ち主にあらゆる知識を授けると言われる幻の品だ。
偽島1階層の最南西に位置する砂の遺跡で偶然手に入れたアイテムである。
まるで写本がアルディンを探して手元に舞い降りたかのように、宝物庫の爆風に乗って舞い降りてきた。
元々アルディンがこの島に訪れたのは、己の呪いを解く方法を探して、である。
あるいは宝玉ならば、それを可能にできるのかもしれないと思っていた。
事実、噂によると宝玉には過去改変の力が眠っているという。
ゆえに探索に躍起になっていた部分もある。
だが、ここに一つの回答がある。
呪いを解く方法がついに分かると思うと、言葉に出来ない万感の思いがあった。
心なしか少し震えている手を押さえて、深呼吸をして心を落ち着けると、暖炉に火を付けた。
やがて火が大きくなったところで小ぶりの薪を火鋏で掴み、皿の上にある写本へ押しつける。
徐々に燃え移り、じわりと燃えていくのを確認したアルディンは、薪を暖炉に戻した。
すぐに立ち上った黒い煙は、不思議なことに中空へと停止して球状に塊り始めた。
「大河ぁの言っていた通りか……いよいよ本物だな」
やがて、皿の上の紙が燃え尽きると、漆黒の煙玉が中空に浮かんでいた。
それは徐々に歪んでフクロウの姿を取ると、アルディンへと問いかけてきた。
──我を呼び覚まし者よ、汝の問いは何ぞ──
ごくりと生唾を飲む。
「……俺にかかっている呪いを解く方法を教えてもらいたい」
アルディンは中空に浮いたフクロウをじっと見つめた。
やがてフクロウが口を開く。
──何もせずとも呪いは解ける。それは因果の呪。付与された年より100の年月を経れば解けよう──
思わず、言葉に詰まった。
100年後に俺がこの世に生きていることはあるまいと、自嘲する余裕もなく瞳が細まり頬が硬直する。
それはつまり死ぬまでこのままだということだ。
「それでは遅い! 答えはそれだけなのか!? 俺は今すぐ解く方法が知りたいんだ!」
──付与者、もしくはその血を受け継ぎし子孫の持つ、心臓の血を飲むが良い──
呪いを掛けた者の名はベノム・ソドム・アーッ=ベルフェゴール。
「なん、だとっ……」
──さすれば汝の呪いは解けよう──
煙が薄れて消えていく。
「待ってくれっ! 他にはないのかっ! 他に方法はっ!」
──一度発動した後、解除する方法は血を飲むか、解けるまで待つか──
最後まで語らずに、そこまで言うとついに煙は消えてしまった。
「今、何と言った……心臓の血を……飲めだと?」
眼前が真っ暗になったように感じた。
手が湿っぽく汗ばんでいる。
アルディンは呆然としたまま椅子に腰を下ろし、そのまま長考せざるを得なかった。
確かに解呪の方法は分かった。
だが、それは今となってはまったく考えられない選択肢だ。
ギルドに存在するベルフェゴール公爵の娘達を思い浮かべてアルディンは頭を垂れた。
ロシェルに公爵との血縁はない。あの子は母の連れ子である。
つまりアストレアと、メリュジーヌ、そのどちらかの心臓の血を飲めば、この呪いは解ける。
写本はそう言っているのだ。
すっかり薄れて部屋に拡散した煙を恨めしそうに睨みながら、アルディンは一人、ただただ黙るしかなかった。
「くそっ、こんな答えなんて……あるかよ……こんな答えなんて……知りたくなかったっ!」
アルディンは呻いた。
強く握った拳をテーブルに叩きつける。
鈍い音が静かな部屋に響いた。
雷光の中の瞳へ続く
作者
アルディン