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SS:異種共有(前篇)

「ミレ、ここのボタンがもうヨレヨレになってますよ。縫いなおしてあげるから上着を貸してください。」

「あ、はい・・・恐縮です、姉さん・・・。」


探索25日目、長い間別行動となっていたアルディン隊との合流をついに果たした。

一度遺跡外で会ったっきりになっていたウィオラとも久しぶりに会えたアスナは
この生き別れになっていた姉と初めてゆっくり話をする時間をとることが出来た。
(一度彼女の秘蔵のお酒をダメにしてボコされたりはしてたが)

レギオンズソウルの一室で、アスナとウイユは二人でちょっとしたお茶会をしていた。

幼い頃から母から聴かされていた海洋王国の姫君である自分の姉。
自分が人間の王族の妹などと、母の作ったお伽話のようなものだと思っていた。

自分に姉がいる。

公爵家の長女として、ずっと張りつめた気持ちで生きてきたアスナにとっては
まるで何かの枷が外れたような、不思議な気分だった。

窓際に座り、穏やかな表情でチクチクとベストのボタンを縫いなおすウイユ。
開けっぱなしの窓からはそよ風が舞いこみ、彼女の髪を揺らす。

こんな平穏な日はどれくらいぶりだろう。
アスナは今回も符のメンテナンスはサボってしまおうと心の中で呟いた。

「クーベルタンは良いところですか?」

姉の育ったところはどんなところだろう、何となしにアスナは訊ねた。

「海がとても綺麗ですよ。一度ミレにも見せてあげたいです。」

「海・・・か・・・。」

内地であるユベール領で育ったアスナは海をほとんど見たことがなかった。
ファルスアイランドに渡航する際、生まれて初めて海を見たがその大きさに圧倒されたものだった。
もっともクーベルタンには2歳くらいまでは住んでいたはずだが、当然記憶はない。

「ユベールも美しいところですよ。今は接収されてますがベルフェゴールの居城には大きなラベンダーの畑がありましてね。
 ロシェやメルとよくそこで遊んだものです。」

「そう、ですか・・・。」

ウイユは少しだけ複雑そうな顔しながらアスナを見て微笑んだ。
そういえば、姉にとってはベルフェゴールは仇敵であったことをつい失念していた。

今は二人で穏やかにお茶などしているが、立場は敵同士・・・人間と妖魔である。
しかもこともあろうに、この優しい姉の婚約者を・・・自分は殺そうとしている。
その複雑な事情をお互い暗黙の上で全部保留して、今こうやって一緒にいれていることは・・・おそらく奇跡のようなものなのだろう。

大義を成した後、恐らく姉とは二度と会えないのだろうと思うと悲しくなった。

思ってたことが顔に出てしまったのか、それ見たウイユも悲しそうな顔をする。
裁縫をしている手をふと止め、しばらくの沈黙のあとウイユは口を開いた。

「ミレ・・・あの・・・、ロシェと一緒に・・・クーベルタンへ来ませんか?」

「姉さん・・・。」

無論出来ない。出来るわけがない。
メルを捨てるわけにはいかない。父の恩義に背くことも出来ない。
だけど・・・姉の気持ちは素直に嬉しかった。
心の中でアスナは必死に思いを振り切る。

「ありがとうございます・・・でも、私もロシェも妖魔です。妖魔でなくても・・・妖魔なんです。」

「そう・・・ですよね。」

ウイユも内心返答はわかっていたらしく、静かに顔をうつ向かせた。

「ボタン、つきましたよ。」

そっと上着をアスナに渡すウイユ。
アスナは黙って会釈して受け取り、羽織りながら席を立った。

「私も一度人間に恋をしたことがありました。初恋でしたが・・・もう顔も名前も忘れました。」

アスナは傍らにおいていた魔剣を腰に差し、部屋の戸を開けた。

「姉さん、今日は楽しかったです。私は生涯今日のことを忘れはしません。」

「ミレ、私もです。」

寂しそうに微笑んでアスナを見送るウイユ。アスナは一礼し静かに戸を閉めた。




戸を閉めた途端にアスナに襲い来る感情の嵐。
人に見られぬよう軽く目をこすりながら魔剣の柄を握り締め廊下をズカズカと歩いて行く。

もうダメだ、もたない。

決闘の日を急がなくてはならない。

あろうことか・・・一瞬だけ本分を忘れたいと願った。
忘れはせぬ、忘れることを許してはならない。
優しかった父と、それを殺したアルカード。
アスナは無理やり自分の心の中を濁った憎悪で塗りつぶす。

このままギルドで優しい人達に囲まれて日々を過ごせば・・・いずれ自分は情に流される。
もうベルゼビュートの諜報部員だけに任せてはおけない。

自らアルカードを探す、突き止める。

突き止めて・・・殺すのだ。


やはりこんな穏やかな日など、自分は過ごしてはならなかったのだ。

アスナは町はずれの森に急いで足を運ばせた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「何の用ですか?」

アスナは町はずれの森に千鶴を呼び出した。
父の遺品である魔剣を戦場で拾っていた千鶴なら、ひょっとしたらアルカードのことを少しは知っているかもしれないと思ったのだ。
それに、何かと博識な千鶴に少し聴いてみたいこともあった。

「アルカードのことについて、何か知っていることがあればお聴きしたいのです。
 魔剣を戦場で拾った千鶴様なら、あの時アルカードを見たのではないかと考えまして・・・。」

「・・・確かに私は戦場でアルカードを見ましたが・・・今彼がどうしているか等知る由もありませんよ。」

千鶴は特に表情を変えることもなく、さらっと返答した。
この反応が、逆に何か知っているとアスナに勘ぐらせた。


「ついさっき気付いたことなのですが・・・一つ気がかりなことがあるのです。

 私は・・・かつてアリアドス王の伴としてユベール領に訪れたシルグムントの知り合いが何人かいましたが・・・
 そのうち一人の顔と名前の記憶が不自然に欠落しているのです。故あって、忘れるはずのない方なのですが。」

「それは不自然なことですね。」

千鶴はやはり何かしらばっくれてるようにも見えた。
アスナは自分の見解を思い切って話した。

「これは認識阻害の呪法です。恐らく何者かが戦場全体に呪法をかけてアルカードの生存を隠しているのではないかと思うのです。
 その影響で私の・・・その、知り合いの存在の認識にも影響してしまったのではないかと。」

千鶴は意外そうな顔をして、答えた。

「・・・少しだけ驚きました。正解には程遠いですが、貴女が独力でそこまで辿り着くとは考えてもいませんでしたね。」

アスナは魔力をまったく持たず生まれたことがコンプレックスとなり、学術としての魔法は相当な勉強をしていた。
特に符術や呪法に関してはかなり権威のあるアカデミーで学位をもらっている。

「まずはこの呪法を破らなければ・・・恐らくアルカードは永久に見つかることはありません。
 博識な千鶴様なら何かご存知ではないかと思いまして・・・。」

「破ることは容易ではありません。ですが、綻びが生じ始めている今なら・・・ちょっとしたきっかけで認識できることはあるのかもしれませんね。」

「え?」

「そんなことよりアスナさん。今急いでアルカードに挑んで本当に勝てると思っているのですか?」

「そ、それは・・・。」

アスナはたじろいだ。恐らく、勝ち目はない。
先ほどのことで、つい激情に駆られて肝心なことを忘れてしまっていた。

千鶴はふっと笑って剣の柄を握り、アスナのほうへ歩み寄っていく。

「先日の大きな魔物との戦いの時のこと・・・気付いているのでしょう?」

「そ、それは・・・」

まるで自分が保留したがっていたことを見透かされていたように感じて、アスナはドキっとする。

「今貴女がアルカードに勝とうとするのなら、恐らくは完全な妖魔化しかありません。
 それでやっと対等といったところでしょうか・・・?

 ですが、それには内なる葛藤への刺激が必要です・・・例えば、こういうね。」

そういって千鶴は剣を抜き放った。魔法の剣だろうか?刀身は眩く光り輝いていた。


「Code:Valkyria」


そう呟くと千鶴の体は眩く輝き、頭髪はブロンドのロングに変貌した。

異国のものだろうか。異形の鎧に身をつつまれ、まるで別人のように見えた。
ビリビリと凄まじい力を感じる。しかも、この世界のものではないような異質な力だ。


「こ、これは何の魔法ですか・・・!?」
見たことも聴いたこともない魔法?のようなものにアスナは動揺する。

「ちょうど貴女の成長が見てみたくもあったのです・・・今度はロシェルの助けはありませんよ?
 貴女の力・・・堪能させてください。」

輝く剣を突き出し、アスナににじり寄る千鶴。

「貴女の内に眠る八公爵の力。私が引き出してあげましょう。」


アスナは後ずさるが、どう考えても後がない。
きっと、この人からは逃げれない。

「わ、私は・・・。」

まっすぐこっちを見つめてくる千鶴。

アスナは固唾を飲んで・・・魔剣を抜き放ち、ひしゃげそうな声で叫んだ。



「私、ようやくわかりました・・・!

 このままでいたいのです・・・!
 メルが好き、小母様が好き!・・・でも、人間のロシェもウイユ姉さんも好きです!
 
 これからもどっちの人達とも繋がっていたい・・・、

 半妖でいい・・・無力でも、半端ものでも・・・!
 半妖がいい!半妖でいたいのです!!」



アスナは二本の魔剣を同時に構えた。一緒に扱うのは初めてだがこうでもしないと彼女には歯が立たない。
千鶴ももう一本の剣を抜き放ち、二刀の構えをとった。



「いいでしょう。ならばそのままでも戦っていけると、その魔剣をもって己が正義を示してみなさい!」

「お父様、小母様・・・アスナに力をお貸しください。アストレア・ミレ=ベルフェゴール、参ります!」



町外れの森のなか、4本の剣が激しい音をたて交叉した。

異種共有(後篇)へ続く

 作者

アスナ

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