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SS:異種共有(後篇)

――― 二刀流。

上級妖魔のフォーマルな剣術を学んだアスナにとって、二刀は邪剣であった。
しかし、バアル・ゼブルがメリザンドからの魔力供給を含んでいる以上、今は使わない手はなかった。

対して同時に二刀を構えた千鶴の素早い斬撃がアスナを襲う。

身体を回転させつつ、右、左と軽快な連撃をくりだす千鶴。
アスナは左手に構えたバアル・ゼブルでこれをいなしつつ、鋭い刺突を放つ。
が、これも千鶴は紙一重で悉く回避した。

二刀同士の舞のような斬撃と刺突の応酬 ――。
二人の戦いはまるで完成された一枚の絵のようだった。


「腕をあげましたね、アスナさん。初めて会った時の貴女とはまるで別人のようですよ。」

まだまだ余裕がある、と言わんばかりに攻撃を続けながら軽く笑みを浮かべて千鶴は語りかける。


対してアスナの方は、少しずつ防戦一方に押されはじめていた。

千鶴の剣術は自分達の住む大陸の剣術とは何か一線を画していた。
命術もタリスベル式の命術とは少し違う・・・慣れない戦い方の相手にアスナはまるで読みを利かせることが出来ずにいた。

「千鶴様・・・貴女は一体・・・。」

千鶴の戦い方は普通の人間のそれとしては明らかに一線を画する、熟練と経験を感じさせるものだった。
まるで、常に修羅場をくぐり抜けながら何百年も何千年も生きてきたような・・・。

嫌でも力を引き出させれる、千鶴の攻撃をいなす度に全身から魔力が噴き出してくるのを感じる・・・!
気付かないうちにアスナの頭髪はまた変色していた。
恐らくこれはもう二度と元に戻らないのであろうとアスナは悟る。

「順調ですね。このまま完全な妖魔化を果たせばアルカードを倒すことも夢ではありませんよ。」

妖しい笑みを浮かべながらも、千鶴の攻撃はなおも止まらない。

「千鶴様・・・お願いです、これ以上は・・・。」

もたない。そう感じた。
現に今身体から噴き出している魔力は、メリザンドや黒い魔獣と対峙したときよりも更に上回ったものであった。

このまま千鶴の剣を受け続けてはまずいと、たまらず距離をとるアスナ。
バアル・ゼブルをかざし、念動力を発動する。

「メリザンドに代わりアストレアが命ず。風霊の力を得、疾風となりて影を穿て!」

力一杯バアル・ゼブルを投げつけるアスナ。
念動力で不規則なカーブを描きつつ、千鶴の間合いにまとわりつく。

「くっ・・・これはさすがに厄介ですね。」

メリザンドの魔力に丸々絡みつかれた千鶴は流石に苦戦しているようだった。

魔力の解放のせいか、メリザンド戦で同じことをした時より遥かに持久力があがっている。
しかし、それは同時に妖魔化へのトリガーにもなることを失念していた。

結局、魔力の解放は進むばかりだった。
もう多少進行してでも、全力をもっていち早く相手を倒さなければならない。

覚悟を決めたアスナは、一転して力を集中しはじめる。


「千鶴様・・・私はこのままでありたいのです、アルカードに結局勝てないとしても・・・
 半妖のまま生きて、半妖のまま死にたいのです!」


アスナの魔力が一気に高まりはじめる。恐らく自分がこんな大量の魔力を行使出来るのはこれが最初で最後になるであろう。
もしそうでなかったとしたら、そのとき自分は完全な妖魔になっているということだ。

「アストレア・ミレ=ベルフェゴールの名において魔剣に命ず!
 バアル・ベオルよ、汝の在るべき姿へ還れ!! ・・・私は、もう一人でも羽ばたける!」

本来の大剣の姿へと戻る魔剣。
アスナはそれを軽々と振り上げ、千鶴の元へと駆けていく。
いつの間にか、背中には黒い翼が生えていた。

「それほどの力を敢えて捨てて、半妖としての道を歩むのですね。
 アスナさん、お見事です。」

千鶴は静かに剣の柄を握りなおし、アスナを迎え撃った。





ふと気付くと、アスナは地に伏していた。
黒い翼は消え、頭髪は元のブロンドに戻っている。

「これは・・・。」

顔をあげると、すぐ傍に千鶴が立っている。回復魔法で自分の傷を癒しているところだった。
対してアスナのほうに一切の傷がないところをみると、アスナのほうを優先して治してくれたのだろう。

「魔力の噴出を軽減する術式を施しました。リスクは大きかったですが妖魔化の進行をかなり引き戻すことができたはずです。」

みると、千鶴の足元は少しフラついているようだった。かなりの力を消耗したのだろう。

「千鶴様・・・一体どうして。」

「本当のことを言いますと、私はアスナさんの妖魔化を防ぐためにずっと監視していたのです。
 ベルフェゴールの血と、あなたの心の蔵に刻まれた呪刻の力の本格的な衝突は・・・とても危険なものですから。

 いよいよ進行具合が進んできたようなので、今日のように試すようなことをしてしまったのですが・・・
 進んで妖魔になるようなら、その前に斬るつもりでした。」

そう言って千鶴は剣を収めた。アスナが目覚めるまでは、まだ少し警戒していたのであろう。

「アスナさん。」

改まったような顔をして、千鶴はアスナに語りかける。

「確かに半妖のままの貴女は無力です。恐らくこのままではアルカードに勝ち目はないでしょう。
 ですが、もし、もし貴女が己の中の異なる力を共に正の方向に引き出すことが出来れば・・・あるいは、

 あるいは、アルカードと対等に戦うことは出来るかもしれません。」

「異なる力を・・・共に正の方向に・・・。」

アスナは自分の掌を見つめる。
確かに、自分は無力だが本当に何の力も内在してないわけではないことは、十分にわかった。
もしこの力を思いのままにコントロールすることが出来るなら・・・。

「異種共有とでもいったところでしょうか。これからも貴女の成長も楽しみに眺めさせていただきますよ。」

傷の治療が終わった千鶴は、街に向かって歩き始めた。

「そうそう。」

一瞬歩みを止めて千鶴は付けくわえた。

「今私が施した術式はあくまで応急処置に過ぎないので、これからはきちんとした呪具を持って魔力の制御をしたほうがいいですよ。
 誰かタリスベル命術を出来るだけ正式な形で勉強した人に、符か刻印の結界を施してもらうといいでしょう。」

そういって千鶴は去っていた。
アスナは去りゆく千鶴の方に向かって、深く頭を下げた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さて、ギルド内に命術使いは5人いるものの誰に頼んだものか。

一番身近なのはロシェだが、ロシェは正式な命術の教育を受けたというよりは天分と独学で使っているという感じで
学術としての命術をきちんと修めているのとは少し違う。
色々悩んだ末、修道院で正式な命術教育を受けているウイユに呪具の作成を頼むことにした。

そうと決まったのなら出来るだけ早いうちから進行は抑えておくに越したことはない。
その晩すぐにウイユの部屋を訪れて、呪具の作成を頼みこんだ。
お互い微妙な関係なことにも関わらず、笑顔ですんなり引き受けてくれた姉の気持ちが嬉しかった。

たくさんの小さな石一つ一つに丁寧に呪刻を施し、服の中に縫い込んでいくウイユ。
アスナは近くに座りながら、黙って姉の手元を見ていた。
言わねばなるまい、あの事を。何も言わずに協力だけさせるのはこの優しい姉を騙すことにも等しい。


「姉さん・・・私、アルカードを討ちます。」


ウイユは少しだけ表情が変わった気がしたが、そのまま手を動かし続けた。
姉は前からわかっていたのだろう。恐らく止めても無駄なことも。

この優しい姉をほうったまま、姿を現さないアルカードに対して
アスナは親の仇としての憎しみとはまた別に、何か歯痒いような気持ちを覚えた。

しばらくの沈黙の後、ウイユは服を持って立ちあがった。

「出来ましたよ。」

アスナの後ろに回り、出来あがったベストを優しく肩にかけるウイユ。

「月は私の仕える女神の象徴、星は貴女の妖魔の姫としての名。共に闇夜を導く灯火。
 貴女がどんな道を選ぼうとも、きっと、共に在れる道があると信じてる」

ベストは一見今までのものと変わらないように見えたが、とても手触りの良い生地で作られていた。
窓から入り込む夜風とあいまって、とても心地が良かった。

「教国の巫女がよく使う『清けき夜風』と呼ばれる術式を施しました。
 魔力の噴出による身体への影響を牽制しつつ、平常時は少しずつ妖魔化した身体を戻してくれる効果があるはずです。」

「これは見事な・・・姉さん、ありがとうございます。」

アスナは深々と頭を下げた。
きっとこの人も心中複雑な思いが色々と交差しているに違いない。
それでも、この優しい姉は何も言わずにいつでも自分を優しく見送ってくれる。

ベストには、珊瑚で作られた飾りがついていた。海を知らないアスナは珊瑚を見るのは初めてだった。

「これは・・・?」

「故郷の珊瑚で作った飾りです。お守り代わりに持ち歩いていたものですが、ミレに差し上げます。」

「これが珊瑚というものですか・・・話には聴いていましたが、美しいものですね。重ね重ねありがとうございます。」

元々宝飾の類には目がなかったアスナは美しく光沢の映えた赤珊瑚についつい見とれてしまった。


珊瑚の住む美しい海の国、クーベルタン。
立場やしがらみのない生き方さえ出来れば、そこで姉や妹達と幸せに暮らすという人生もあったのだろう。





ウイユに何度も礼をのべ、部屋を出たアスナはレギオンズソウルの庭に出て夜風にあたった。

決戦の日は近い。理由はないのに何故かそんな予感がする。

思えばたくさんの人に悲しい思いをさせることになるのだろう。
姉は当然のこと、自分にもしものことがあればロシェもメルも悲しむに違いない。

『大切なのは今生きている近しきもの達なのだ。』

メリザンドの言葉が、再び胸を突き刺した。


八公爵ですらこう言うくらいだ、妖魔の誇りや美学の為に命を賭けることなどひょっとしたら馬鹿げてるのかもしれない。
もし、戦いが終わった時生きていたなら・・・今度は自分のために生きてみるのも悪くないと、アスナは思った。

(前篇)?へ続く

 作者

アスナ

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