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SS:マリナ様が見てる

 マリナティア皇女からの手紙に添付してあった石ころを眺める。
 それにしてもこの石は何なのだろうか。
 日の光を浴びて淡く透ける半透明の石だ。
 いつものごとく移動を終えた一行は、暮れ行く夕日を眺めながら休息を取っていた。
 アリシアとウイユは、俺が汗水流して張ったテントの近くで夕食の準備をしている。
 こんな時は女手がありがたいと思う。二人とも心得があるようで、島でのアウトドア生活でも、食事に関しては満足していた。
 力仕事の後の一息を付きながら、オレンジ色に染まりいく景色に、ともすればここが洞窟内だということを忘れそうになる自分に気付いた。
「不思議なもんだ」
 人間には順応していく力がある。
 それはどんな時でもそうだ。状況を打開しようと全力を尽くし、環境を変えていく力がある。
 王権を持ち、国を背負って戦場に立ったあの時も、この不思議な島の中の自然を感じている今も、それは同じだ。
 戦場では恐怖と戦い、怯える自分を押し込めて、ありったけの生命力を覇気に変えて突き進んでいた。
 今は多くの仲間と出会い、笑いのこぼれる日々に充足を得て、一歩一歩確かめるように毎日を進んでいる。
 一人の人間を取り巻く環境、感情としては、これほど離れたものも珍しいが、どちらも、自分なのだ。
 ある意味、人は環境に作られると言っても過言ではない。
 人は環境に順応していく。
 それはともすれば成長であり、同時に退化でもありえる。
 そこまで考えたところで、思わず自嘲の笑みが浮かんだ。俺は一体何を考えてるのか。
 果たして、今の自分が王に戻れるのか、王であるべきなのか、王足りえるのか。
 そんな妄想がふと浮かび上がっていることに失笑すら覚える。
 過去の追憶を、風の中に混じる草の匂いと共に感じていると、急に手元の石ころが淡く発光をはじめた。
 一体何が、起こったのか。
「な、なんだ?」
 おっかなびっくり手元の淡い石を見ると、なにやら音が聞こえてくる。
『きこえ…ま…か?』
「この声は……」
 突然石から溢れんばかりの青い光が立ち上り、俺は思わず石を取り落とした。
 光りながら転がる石は直ぐ近くの草に当たって止まり、丁度背の丈程の光を上空へと放つ。
 すると、光の中にこちらを覗き見るマリナティアの姿が浮かび上がった。
『これはアルディン様。お久しぶりです、ご機嫌いかが?』
「マ、マリナティアさん、ど、どうしてここに」
 これが驚かずにいられようか。いや無理だと断言しよう。
 男なら誰でも目が行く美貌の持ち主が突然現れたのだ。
 一瞬いよいよ妄想がマナによって具現化されたかと思って頬っぺたを抓ってしまった。
 こちらを覗きこんで動かなくなったマリナティアに、虚像めいたものを感じる。
 これは幻獣召喚ならぬ妄想召喚とでも名づけねばなるまい。
 どうやら何かに俺は目覚めたらしい。
 木の根に横たわっていた所為で視線の角度が下から上へと向かっている。
 覗きこむようになってしまったことを喜ぶべきかどうか。これは危険な角度だ。
『あら、驚かせてしまいましたね。お渡しした石を中継してこちらから映像を送っています。ちゃんと見れていますでしょうか』
 喋った。
 好奇心に負けそうになっていた俺は思わず心臓が爆発しそうになる。
「あ、あぁ、今日も相変わらずマリナティアさんは綺麗だ」
『あらあら、おだてても何も出ませんわ』
 おだててはいない。本心である。だが今はそれよりも気になることがあった。
 感ずかれてはいまいか。意識せず汗を拭う俺。
「いやぁハッハッハ。いや、それより、一体何がどうなんてるんだ?」
『それはですねぇ』
 べたな話の変え方を許してくれるマリナティアさんの度量の深さに心底感謝しつつ、危機が去ったことに胸を撫で下ろす。
『この島に満ちるマナを媒体にして幻影と声をそちらに届けています。この映像を投影している石ですけども、実はこれ魔法陣の欠片から作ったのですよ』
「魔法陣って……削り取って大丈夫なのか?」
『この前遺跡が崩壊した時の、使えなくなった魔法陣を見つけましたので、試しに作ってみました』
「試しに、で作れてしまうものなのか……」
『それは女の秘密ですわ』
「マ、マリナティアさん」
 嫣然と微笑むマリナティア。
 彼女が言うと冗談だと分かっていても威力が大きい。これだから女ってのは怖い。
 ドキドキしながら俺は低い声で唸った。
『ほら、あむちゃん、こっちにいらっしゃい』
『ママ様…じゃなかった、マリナティア様、えっと』
『ほら、ご挨拶ですよ』
『アルディンさんこんにちわ。お久しぶりです』
 いい子に育ってるな、アミリア。何故かおじいちゃんになった気分で俺はアミリアを見る。
「おぅ、久しぶりだな。元気してるか?」
『皆元気でやってます』
「こっちもだ。アリシアやウィオラと合わせてやりたいんだがなぁ。間が悪いことに今近くにいない」
『ざんねんー』
『アルディンさん、これは長い時間使えないのですが、調整したものをレギオンズソウルに置いておくので、今度受け取ってくださいね』
「了解した」
 これでいつでもマリナ様が拝めると思うと心が弾む……男って悲しい生き物だなと思わずにはいられない。
 そんな思考をおくびにも出さず、俺はさわやかな笑顔で答える。
 徐々に光が弱まっていく。
「そろそろ時間か?」
『そのようですね、それでは御機嫌よう』
 そう言って手を振りながらマリナティアの姿は薄れていった。
『若いな』
「うるへぇ、心読むな」
 ガリウスの呟きに生暖かい視線を感じて、俺はふてくされながら寝転んだ。
 これでも男なのだ。他所の憧れはあってもいいと思う反面、そんな未熟な自分が恥ずかしくもある。
「だっー!」
 意味もなくアルディンは暮れ行く空に向かって叫んだ。
『若い』
「うるへぇー」

命脈する紋章へ続く

 作者

アルディン