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SS:落日のシルグムント (前編)

「なに!?アルカード様が行方不明!?」
妖魔国の先鋒ベルフェゴール公爵を、シルグムント傭兵大隊のアルディンが討ち取ったとの報を受けた数刻後。
戦勝気分に浮かれていた王国軍に衝撃が走った。
「ええい!捜索隊の数を増やせ!是が非でもアルカード様を見つけるのだ!
 アルカード様まで亡くなったとなれば、王家の血筋は幼いアルテリア様しかいなくなるのだぞ!」



国王アリアドスの暗殺から始まった、シルグムント王国と妖魔の国との戦争。
アリアドスの遺児アルカードは仮王として即位し、国軍を率いて弔い合戦を仕掛けた。
敵軍の将ベルフェゴールは討取られるが、乱戦の最中アルカードは行方を失う。
王国軍は王城へ撤退。アリアドスのもう一人の遺児、アルカードの妹アルテリアを守り、防備を固めるのだった。



「私が全軍の指揮を執りますわ!」
戦場より遠く離れた王城。アルカード仮王消息不明の報を受け、幼い少女が宣言する。
アルテリア=エルマ=シルグムンテス、11歳の少女である。
「な、なにを申されますアルテリア様!あなた様にそのような事をさせる訳には!」
「私とて父王アリアドスの娘。王国の危機に座して待つなど出来ません。
 フェルディナンド。あなたも私の能力は知っているでしょう?」
「そ…それはそうですが…」
フェルディナンド。前王室諜報部の頭領にして、退役後は執事としてアルテリアの側を守っている男である。
(アルテリア様の能力…)
フェルディナンドは過去の出来事を思い返す。



「明日は雨が降りますわ。」
「今日の夕食はイグザスエビのクリーム煮ですわ。」
「お父様のお帰りは二日遅れますわ。」
アルテリアは幼い頃より、予言のごとく物事を言い当てる事がままあった。

母親であるセルリアンの家系には、”予見の夢見”と言う未来を夢の形で見ることが出来る能力が発現することがあり
セルリアン自身も婚姻により処女性を失うまでは、その能力を持ち”光の聖女”と呼ばれていた。
セルリアン曰く。「予見の夢見は100%の未来を見通し、外れることはない。見る内容も国家規模であり日常の未来を見ることは皆無である。」
だが、アルテリアの的中率は1,2割程度であり、周囲の者の反応は「勘の良い子」という評価であった。

今より2年前、セルリアンが病に倒れた時の事。
それを聞いたアルテリアの反応は異常だった。

「お母様が死んでしまう…!!」
病気の知らせを聞いた途端、血の気を失った顔で駆け出して行く。
「アルマ!如何致した!?」
父王アリアドスは慌てて追いかける。

自室に戻り、ベッドに顔を伏せ嗚咽しているアルテリア。
「突然どうしたのだ?」
アリアドスは問いかける。
「お母様の病気は治らないのです…」
枕に顔をうずめたまま答えるアルテリア。
「縁起でもない事を言うでない…単に風邪をこじらせただけであろうさ。
 またいつもの勘か?」
「いいえ、勘などではありませんわ…
 私には見えるのです!」
がばっと顔を上げ答えるアルテリア。
「見える?もしや、母親―セルリアンと同じ予見の夢見なのか!?」
「いいえ、夢見という形ではなく、強い思いで”知りたい”と意識した真実を『見る』力が私にはあるようなのです…」

アルテリアの言葉を聞き、驚愕の表情を浮かべるアリアドス。
「し、しかし…アルマ、お前の言った事は外れることの方が多いではないか。
 勘がたまたま当たっているだけではないのか?」
「外れた時は、私の”知りたい”と言う意志が弱かったと言う事ですわ。
 誰かに翌日の天候を尋ねられたとしても、私にとってはそれは知りたいことではありませんわ。
 外れた…と言うより、見えなかった事はそれこそ勘でお答えしておりましたし。」
「な、なるほど…理屈は通っている…」
アリアドスは顎を撫で、今までの話をまとめようと思案する。

「ではその話が事実だとしよう。真実が見えるとなれば、病気原因や治療法もわかるのではないか?」
半信半疑とは言え、死ぬとまで言われては心穏やかではいられない。
「原因はわかります・・・でも治療法はありませんわ・・・」
「治療法が・・・ない?それほどの病気とはいったい何なのだ!?」
声を荒らげ問い詰める。
「正確には病気ではなく、呪い・・・と言ったほうが良いのかもしれません。」
「呪いだと!?いったい誰がそのようなことを!」
「誰がかけたと言うもうのではなく、お母様の家系―リース家に伝わる呪い・・・
 更に言うと、”予見の夢見”の代償ですわ。」
真剣な面持ちで居住まいを正し、アルテリアは続ける。
「予見の夢見、夢の形で未来を正確に見通す神のような力。
 そのような力を使うには、相応の代償が必要となります。
 その代償とは、使用者自身の未来・・・生命力、寿命、そのようなものを削って、未来を見通すことが出来るのですわ・・・」

「なん・・・だと・・・!?」
(そう言えばおぼろげながら聞いたことが有るような気もする・・・光の聖女は代々短命であったと・・・)
「お母様が病に倒れたと聞いた時、私は”知りたい”と思ってしまったのです・・・お母様の病気はいつ治るのかと・・・」
知ってしまった事実を後悔するように、アルテリアは俯く。
「くっ・・・何てことだ!」
(強力な力には代償が必要となる。予見の夢見ほどの能力を行使して、代償があるなどと考えたことも無い自分の愚かさに腹が立つ!)
アリアドスは、だん!と壁に拳を叩きつける。
(ん・・・?強力な力には代償が必要となる?
 で は 、 ア ル マ の こ の 力 に も 代 償 が あ る の で は な い の か ! ?)
愕然とした顔でアルテリアに顔を向ける。

おそらくアルテリアのこの力は”予見の夢見”の亜種であろう。
予見の夢見でさえ、夢という限定的な条件の使用にも関わらず、寿命を削るという。
アルテリアの能力―”真実の瞳”とでも名づけようか―これほどの能力に代償が無いわけがない。
「アルマ!お前の能力、それにも代償があるのか!?」
激しく問い詰めるアリアドス。
「知りません・・・知りたくもありませんわ・・・」
「むう・・・強く”知りたい”と思わねば真実は見えない・・・か。」
母のいずれ来る死を目の当たりにし、悲しみに暮れるアルテリア。
「ともあれ、その力は二度と使うでない。予見の夢見に代償があってお前のその力に無いとは思えぬからな。」
「はい。わかりました、お父様・・・」

その後セルリアンはアルテリアの言った通り、数ヵ月後に命を落すことになる。
だがそれまでの数ヶ月は、セルリアンの生涯で最も幸せな数ヶ月であったと、後にお付きの侍女が語っていたそうだが、それはまた別の話である。



「アルテリア様、その力はご自身の命を縮めるやもしれぬ事はご存知のはず。
 亡き父君様はそのような事をお望みにはなりませんぞ!」
フェルディナンドはアルテリアに思いとどまるよう訴える。
「いえ、この危急存亡の時にそのような事は言っていられませんわ。
 命を懸けて国を守るのが王族としての勤めです。」
「あなた様が死ぬようなことがあれば、王家の血は途絶えるのですぞ!
 我が王国諜報部の精鋭に護衛させますゆえ、落ち延びられますよう・・・」
その言葉を聴き、アルテリアはきっ!とフェルディナンドを見据える。
「何を言うのです!領民を置いて私だけが逃げ延びるなど出来ません!
 民あっての国、そこを間違えてはなりません!」
「はっ・・・!」
アルテリアの覇気に、フェルディナンドは畏まる。

「それに、もう一つ間違ってますよ、フェルディナンド。
 お兄様は、生きています。」
「な、なんと!?生きておられるのなら今いずこに!?」
アルテリアの宣告に驚くフェルディナンド。
「今お兄様は、暗い闇に囚われていらっしゃいます。そこから還ることは困難であるでしょう。
 でも、いつかきっと戻ってこられる。私はそう信じておりますわ!」
「アルマ様・・・」
「それまでは、私が民を守ります。
 フェルディナンド、全部隊の指揮官を集めなさい!敵軍が城に達するのは7日後、それまでに出来る限りの準備を!」

歴史上初、わずか11歳の少女の指揮による、王都防衛線の幕開けであった。



「あれがシルグムント城か。荘厳にして堅牢、まさに難攻不落の王城であるな。」
シルグムント城を見下ろす丘に、一人の将の姿があった。
妖魔軍の王都攻略部隊の司令官、サイラス候である。
「戦に必要なのは、地の利・人の和・天の刻…
 なるほど地の利はシルグムントに分があるようだが、アリアドスとアルカードを欠き指導者を失っている今、勝機は我が軍にある。
 どうやら、つまらん戦になりそうだな。」
妖魔国においては戦上手で知られているサイラス候は、既に勝利への筋書きを描ききっている。
「城を取り囲み、ゆるゆると攻撃をかけ疲弊させ、3週間程度で落城というところか。
 増援のおそれも無し、無駄に強攻をかけて兵力を損失させる必要もあるまい。」
つぶやきつつ、サイラスは丘を降り本陣の天幕へ戻っていくのだった。


数日後、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。
「第1歩兵大隊鶴翼の陣にて前進!城を取り囲め!」
「攻城部隊!投石機を前へ!」
「攻空中隊は雲に隠れて敵城直上へ進行!地上部隊に目が行った隙に強襲をかけろ!」
次々と指令が飛び、妖魔軍は城へと押し寄せる。
シルグムント軍は城壁の上から矢を射かけるが、妖魔軍は盾をかざしつつ前進、破城槌が城門を激しく叩く。
「ふむ、思ったよりも反撃が薄いな…大陸最強の騎馬軍団と恐れられてはいたが、籠城戦ではこんなものか。」
徐々に歪んでいく城門を眺め、つぶやく。
圧倒的に有利な戦況。しかし、サイラスは理由のない焦りを感じていた。
(ただの掃討戦だ…何を焦ることがあろう…)


『うおおおおぉぉぉぉぉ!!!』
ついに城門が破られ、場内に妖魔軍が突入する。
雪崩のように押し寄せる軍勢、しかし、その流れは間もなく停止する。
「おい!はやく進め!なにやってんだ!」
「駄目だ!これ以上いけない!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!何があるってんだ!」
「門の中に…また門がある!」

甕城−二重の城門により防衛の緩衝地帯を設置する構造である。
外の壁と内の壁に挟まれ、袋小路の広場に妖魔軍がすし詰めになる。

「やばい、身動きがとれん!戻れ!」

波が引くかのように、慌てて後退をする軍勢。
だが…退路を断つべく、外門の位置に鉄扉が降りてくる。
轟音と共に塞がれた門に、混乱を増す妖魔たち。
唯一開かれた天を仰ぐと、ぐるりと囲まれた城壁一面に無数の弓手の姿がみえる。

「ちょ…ま、まってくれっ…」
いやいやをするように頭を振る妖魔。
「全隊!撃てー!!!」
響き渡る号令と共に、雲霞の如く降り注ぐ無数の矢が妖魔の軍勢を貫き粉砕する。

数分後…大地に横たわる無数の死体の様が、妖魔軍空挺部隊の斥候の報告によりサイラスの耳に届けられる。
「こざかしい!失った兵はたかだか千とはいえ、死に体のシルグムントなんぞにこの私がやられるとは!」
小競り合いとは言え、軽んじていた相手に一手を取られ怒り心頭のサイラスは、諸将を見渡し吠える。
「生ぬるいことは止めだ!全軍で城を押し包み、蹂躙してくれる!」
諸将の間に緊張が走る。

「軽戦師団は左翼の崖より城壁を越えよ!」
「御意!」
「魔戦師団は右翼の城壁を砲撃し、歩兵団の突破口を開け!」
「かしこまりまして!」
「重装師団は正面より敵を押しつぶせ!」
「御随意に!」
各師団に指示を与えるサイラス。
「全軍、突撃!シルグムントに草の根一本でも残したら厳罰と思え!」
『はっ!!』
王都攻略部隊の全軍が、怒涛の勢いでシルグムント城に迫って行った。


シルグムント城に殺到する全軍を前に、勝利を確信しほくそ笑むサイラス。
(…ん?全軍…?)
ふと、サイラスの脳裏に一抹の不安がよぎる。

「ちっ…一時の激高に任せて美しくない戦法をとってしまったか…」
華麗な勝利を信条とするサイラスにとっては、泥臭い消耗戦は本来の流儀では無かった。
「シルグムントめ…重ね重ね私に恥をかかせおって…」
我に帰り、感情的になった自分を恥じる。

冷静さを取り戻した頭で現在の情勢を確認する。
「それぞれの師団各5000ずつは3方から攻撃。
 歩兵団20000は城を取り囲みつつ交戦。
 空挺部隊300は要所の爆撃。
 そして本陣は近衛騎士団1000か…ちと手薄になったな。万が一を考え少し兵を呼び戻すか?」

がら空きになった本陣を固めるべく、伝令を呼ぶサイラス。
馳せ参じた伝令に命令を伝えようとする間際、微かに地面に振動を感じた。
「む…?これは…?…っまずい!やられた!?」
慌てて周囲を見回すサイラス。

南方に繁る林の合間から、無数の人馬が土煙を巻き上げ突進してくるのが見える!
「げぇっ!シルグムント騎馬兵!?ぜ、全軍転身!兵を本陣に戻せ!」
今にもシルグムント城の城壁に迫ろうとしていた各軍に対し、慌てて銅鑼を鳴らし転身の合図を送る。
大陸最強と謳われたシルグムント騎馬兵、その数3000程が神速の如き速さで突撃してくる。
「くそっ、間に合わん!本陣を捨てこちらから軍に合流するぞ!」
愛馬に飛び乗り、主力と合流すべく走りだす。

「ひひーん!」
突然乗騎が急停止し、棹立ちになる。
「な、なんだ!?」
振り落とされまいと手綱を引き、制動をかける。
間一髪、目の前で大地が崩れ、大きな亀裂が生じる。
騎馬の野生の勘が、地面の崩壊を予見したのであろう。
「これは…地下洞窟の天井が崩れたか…いや、人為的に崩して軍を分断した…?馬鹿な!?」
明らかに自然の崩れ方ではなく、計算して崩したかに思える亀裂である。

前方には大亀裂、後方には精鋭騎馬兵。
一連の流れを考えると、いま自分が置かれている状況が信じられない。
軍の構成。サイラスの気性。行動するタイミング。全てを計算に入れなければ成らない策である。
「この策を成したのは、神かそれとも悪魔か…いや、まいった」
近衛兵を蹴散らし自分を包囲しつつ有る騎馬兵を見やり、ある種清々しい想いが湧き上がるサイラスであった。


 作者

アルマ