トップ 新規 編集 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ RSS ログイン

SS:聖女の過ち

――彼に恋をしたのは私の罪…
――あなたを産み出したのは私の罪…
――せめてあなたを今、縛めから解き放ちましょう…

「セラ〜聞いたわよ?昨日の夜会の事!」
「え?な、なんのこと?」
突然後ろから首に腕を回し抱きつかれ、驚きつつセラと呼ばれた少女は聞き返す。

セルリアン=リース。タリスベル教国教皇カントラウス=リースの3女である。
抱きついた少女はカントラウスの弟、フィルネウス=リースの娘マリネラ=リースである。
マリネラはセルリアンの世話役として側に使えているが、主人と使用人という立場ではなく、従姉妹にして親友という大切な存在だ。
セルリアンはマリーと読んで慕っている。
要領を得ないセルリアンに、マリネラは畳み掛けるように問いかける。

「またまた〜。昨日の夜会に来てた、シルグムントの国王様といい雰囲気だったじゃない?」
その言葉にセルリアンは、ぼっと顔を赤くする。
「そ、そんなのじゃないのよ?その、あの方のお話が楽しくって、いつの間にか時間が過ぎちゃっていて…あのその…」
「正直に言っちゃいなよ?好きになっちゃったんでしょ?」
ニヤニヤと笑みを浮かびながら問い詰めるマリネラ。
「う…うん…」
消え入りそうな声をだし、こくんと頷くセルリアン。
「あはっ、やっぱりね!私応援しちゃうよ、頑張るんだぞ?」
「マリーったら…」
わしゃわしゃとセルリアンの頭をかき回す。
乙女たちの午後は、かくも賑やかに過ぎて行くのであった。



「セルリアン」
数日後、セルリアンを呼び止める男の姿があった。
「あ、おじさま。お久しぶりです。」
フィルネウス=リース。マリネラの父にしてセルリアンの叔父である。
「少し話があるのだが、よいかな?」
「はい?なんでしょうか?」
小首をかしげ、セルリアンは尋ねる。
「立ち話で話す内容では無いゆえ、わしの執務室に来てくれるか?」
「はい、参ります。」
疑問に思いつつ、フィルネウスの執務室について行くセルリアン。

「さて、では話だが…」
ソファに向かいがけに座り、話を始める。
「実はな、お前に縁談の話が来ておる。」
「え!?縁談ですか?」
驚きの声をあげるセルリアン。
「で、相手は誰だと思う?」
ニヤニヤ笑いながら問いかけるフィルネウス。
「わ、わかりません…」
と、言いつつシルグムント国王、アリアドスの顔を思い浮かべる。
「隣国シルグムントの国王、アリアドスからの申し出だ。」
「え、えぇ!?」
期待しつつも期待していなかった解答に、狼狽の色を隠せない。

「ただ、問題があってな。」
「え?問題…?」
天から地へと叩き落とされる心持ちで問い返す。
「うむ。光の聖女たるお前を国から出すことに、聖務局が反対しておる。」
「そ、そんな…」
光の聖女―教皇家の女性に稀に現れる、予見の夢見の能力を持つ者を呼ぶ言葉だ。
未来を夢の形で見通す奇跡により、タリスベル教国は幾たびか危機を未然に回避することが出来ている。
その光の聖女たる能力をもつセルリアンを手放すことは、国益を損なうことだと考えているのだろう。
「だが、わしも姪であるお前には幸せになって欲しい。
 故に、考えた…
 光の聖女を人工的に造ることは出きないか、とな。」
「光の聖女を人工的に…造…る?」
戸惑いの声を上げるセルリアン。
「そうだ!合成術と命術に長けるお前の力が有れば、無理な話では無かろう!」
「でも…そんな自然の摂理に反するような事は…」
「何を言う!マリネラに聞いたぞ?おまえ、アリアドス王を好いておるようだな?」
「…マリーのおしゃべり…」
恥ずかしげな顔で俯く。
「幸せに成りたいのであろう?セルリアン。即答しろと言うのも無理な話。近日中に答えを出しておいてくれ。」
「は、はい…分かりました…」
「くれぐれも、この事は他の者に内密でな。」
思案にくれ、ふらふらと自室に戻るセルリアンであった。



――数ヶ月後――
広い浴室、セルリアンとマリネラの二人きりで入浴中である。
そもそも一般の大浴場と遜色ない広さのこの浴室、実はセルリアン専用の浴室である。
「セラ、なんだが元気無いみたいだけど、どうしたの?」
「何でも無いわ、マリー。気にしないで?」
「そう?ならいいんだけど…」
セルリアンは、ここ数ヶ月の出来事を思い返す――

「また失敗か!何が足りないんだ!」
フィルネウスが机を叩き憤りを吐き出す。
中心街から少し離れた郊外にある、フィルネウス管轄の聖務局の実験施設である。
「動物実験では複製は成功したのに何故だ!?」
そう、実験の初期段階では、魔法樹の枝やマナの欠片などの魔道素材を素体にし
血液や体毛を触媒に、犬猫などの動物の生成には成功した。
だが、セルリアンの髪の毛と血液からの生成において、いまだ成功は成し得ていなかった。
人体のような物を形作るまでは行くのだが、形状が安定する前に組成が崩れてしまうのだ。
「おじさま…やはり無理だったのでは…」
「うるさい!犬猫では成功したのだ!何かが足りないだけなのだ!」
フィルネウスに怒鳴られ、びくっと首を縮めるセルリアン。
「あ、いや…すまん。つい大声を出してしまった…」
「いえ、おじさまも疲れていらっしゃるのですわ…少しお休みになった方がよろしいのでは?」
――そうするか――と呟き、フィルネウスは実験室を後にする。

セルリアンの作業は、用意された素体に魔力を注ぎ込むだけであり、実際の作業の殆どはフィルネウスがやっている。
素体は完全に定着するまで外界の影響を受けないよう完全に光を遮断されているため、肉体生成・崩壊などのグロテスクな部分はフィルネウスしか見ていない。
そのようなものを何度も見ることも、精神的に疲弊する原因であろうか。

「――セラ!セラってば!」
自分を呼ぶ声がする。
「あ、マリーどうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!急にぼーっとしちゃって!」
「ごめんなさい…少し考え事をしてて…」
「ほんとに大丈夫?悩み事があったらなんでも言ってね?」
マリネラは心配そうな顔でセルリアンを見つめる。
「うん、大丈夫。いつもありがとうマリー。」
にっこりと安心させるように微笑みかける。
マリネラはセルリアンの両手を取り、お互いの指を組むように絡ませる。
「何があっても、あなたのことは私が守るからね。」
セルリアンは右胸に、マリネラは左胸にそれぞれ痣があり
髪型は違えど血縁を疑わせないほど似た容姿の二人の姿は、鏡像を描く絵画の如き美しさであった。

「何があっても…って、マリーこそ何かあるの?」
マリネラの言葉に決意のようなものを感じ、聞き返す。
「うん、実はね…私、セラの世話役を解かれることになりそうなの…」
「え…どうして?」
信じられないといった心持ちで尋ねる。
「まだ、公表はできないみたいだけど、セラとアリアドス王の結婚が本決まりになりそうなんだって。」
再び驚き、目を見開く。
「で、他国の王家に嫁ぐに相応しい礼儀やらなんやらを教えられる人に、世話役を交代するみたいなんだ。」
「そんな…小さい頃からずっと一緒だったのに…」
ショックを隠しきれないセルリアン。
「でも!世話役を解かれても、ちょくちょく遊びに来るからね!玉の輿で幸せゲットだよ!」
「マリーったら…」
セルリアンの顔に笑みが戻る。
「私の次は、マリーが幸せになってね。」
「あったりまえよ!セラに負けないくらいいい男捕まえてやるんだから!」

セルリアンは祈る
――神様
――いつまでも
――この幸せが続きますように

「成功だ!ついに成功したぞ!」
深夜、一人実験を続けていたフィルネウス。
円筒形の培養槽の中には、目を閉じ浮かんでいる少女の姿。
そこから迸る魔力は、人のレベルを遥かに超越している。
「ようやくこれで…私の望みが…叶う!」
フィルネウスは、狂気に近い笑みを浮かべ、いつまでもその姿を眺めていたのだった。



「セルリアン様、ご結婚まであと一ヶ月ほどですね。婚礼衣装とってもお似合いですわよ。」
純白のドレスを身に纏うセルリアンを、マリエラの後任で世話役になったマール夫人は眩しそうに見つめる。
正式に決まったアリアドスとの婚礼を控え、衣装合わせをしているのだ。
「私、こんなに幸せでいいのかしら…」
密かに想っていたアリアドスとの婚礼がまとまり、忙しい毎日を送っている。
「お父上もお喜びでいらっしゃいましたよ。」
にこやかに告げる。

「はっくしょん!」
廊下からクシャミの音が聞こえてきる。
「誰かワシの噂をしておったかな?」
「お父様!」
「教皇猊下!」
現れたのは教皇カントラウスであった。
「苦しゅうない、面を上げよ。バカ親が愛しい娘の顔を見に来ただけだ。」
「お父様ったら…」
親子の間に優しい空気が流れる。
「時に、マリネラの姿が無いようだが、如何いたした?」
「え?マリネラはマール夫人とお世話役を交代しましたけど、お父様が手配なさったのではないのですか?」
疑問の声をあげる。
「いや、ワシではないが…フィルネウスの奴かな?」
「おじさま?今日ご挨拶に行く予定だから聞いてみようかしら?」


「おじさま、おじさまー?」
実験施設に立ち寄ったセルリアンは、フィルネウスを訪ね実験室に入る。
「セルリアンか、婚礼の準備に忙しいそうではないか。よく来れたな?」
「はい。婚礼がまとまったのも、おじさまのおかげですからお手伝いは続けさせていただきますわ。」
申し訳なさそうに告げるセルリアン。
「いや、すでに生成は最終段階故、後は私一人の魔力でも事足りる。
 だが…せっかく来たのだ、見 て 行 く か ?」
取っておきのおもちゃを見せたがる子供のような笑みを浮かべ、フィルネウスは問いかける。
「え、ええ…」
なにやら違和感を感じつつもうなづくセルリアン。

「では、見が良い!私が造り出した光の聖女を!」
魔道装置を操作すると、円筒形の培養槽を覆っていた遮蔽板が開いていく。
開き始めてすぐに膨大な魔力が溢れ出、開ききった頃には物理的な圧力を錯覚させるほどの魔力が部屋を満たす。
「こ…これは…」
予想外に強大な魔力に驚きの声を隠せない。
更に驚くべきことに
「この姿は…私?」
培養槽に入っている人型は、セルリアンと瓜二つ。
胸の痣の位置まで鏡写しである。
いくつものチューブに繋がれているが、その美しさは損なわれていない。
「お前の髪の毛や血液を触媒として作ったからな。それに…」
それに…?
「それにマリネラからも素材を提供してもらったからな。」
姿形の似ているマリネラの血肉を触媒とすることで、よりセルリアンと近しい容姿になったのであろうか。
「そうそう、おじさまにお聞きしたかったのですが、マリネラは今どこに?」
その問いに、きょとんとした顔でフィルネウスは答える。
「マリネラはここに居るではないか。」
「え?ここですか?どこ…」
途中まで言葉を吐き出し、あることに気づく。

胸の…痣の位置が…鏡写し…?

「私は考えた。犬猫では成功したのに、なぜ人間では失敗していたのかを。
 光の聖女たるお前の魔力…それに素体が耐えられなかったのだ。」

自分の姿の複製であれば、痣の位置は対照の位置にあるはず…なぜ…

「そして思った。魔力に耐えうるキャパシティを持つ素体を使えば良いと。」

おじさま…マリーはどこに…

「そして気づいた。私の目の前に最適な素体が有ると。」

マリーは…

「そう、 マ リ ネ ラ を 素 体 に 使 っ た の だ !」

その答えは聞きたくなかった…
「おじさま!なんてことを!」
「何を驚く?いつもお前の添え物として控えていただけのマリネラが、光の聖女になれたのだぞ。
 これほど素晴らしい事があるものか!」
高らかに謳うフィルネウス。
「そ、そんな…おじさま、マリーはあなたの…あなたの娘じゃないですか!
 マリー!今助けてあげるからね!」
培養槽をドンドンと叩くセルリアン。
「無駄だ。マリネラの自我は壊してある。私に異を唱えおったからな!」
「なんてことを…」
脱力し崩れ落ちるセルリアン。
「お父様…お父様なら何とかしてくれるかも…」
「兄上か?そうはさせん。私はこいつの力で兄上に変わって教皇となる!その邪魔はさせん!」
フィルネウスは懐刀を抜き襲いかかってくる。
「きゃ!?」
慌てて避けるセルリアン。
「おじさま!乱心されましたか!?」
「私は正気だ…いつもいつも兄上と比べられて辛い思いをしてきたのだ…今こそ私は兄上を超える!フハハハハハハハ!!」
正気と思えない哄笑を上げつ懐刀で斬りつけてくる。
「あっ…!」
逃げ惑う中、ドレスの裾を踏んでしまい膝をつくセルリアン。
頭上に刃を振り上げるフィルネウス。
「ここまでだな。私の邪魔をする者は誰であろうと…死ねぇ!!」
刃が振り下ろされる!!


ガシャァァァァァン!!!!
死を覚悟し目を瞑っているとガラスのようなものが割れる大音響が響く。
続けて重量のある何かが激突する鈍い音が聞こえる。
「…?」
恐る恐る目を開けるセルリアン。
フィルネウスは壁際に叩きつけられたかのように気を失っている。
「な、なにが…?」
反対方向に目を向けると、そこには割れて穴の開いた培養槽と、苦しそうな顔でこちらに両手を構えている『マリネラ』の姿があった。
魔力の流れの残滓は、『マリネラ』の両手の平から伸びている。
「マリー…あなたが助けてくれたの?」
ふらふらと培養槽に歩み寄る。

培養液が流れ出し、浮力を失った『マリネラ』の身体は、チューブによって吊り下げられている状態だ。
『マリネラ』は苦しそうな笑みを浮かべ答える。
「い、言ったでしょ…?な、何があっても…あなたの事は…私が守るって…」
「マリー!!」
溢れる涙を押えきれないセルリアン。
「で、でも…もう駄目かな…私もう…疲れちゃった…」
「そんな事言わないで!いつでも守るって言ってくれたじゃない!」
「ごめん…眠い…ちょっと休むね…」
「駄目よマリー!目を開けて!」
徐々に目を閉じる『マリネラ』。
必死に意識を繋ぎとめようとするセルリアン。
ほとんど掠れて聞き取れない言葉で『マリネラ』は言う。
「セラは…幸せに…なってね…」
「マリー!私の次はあなたが幸せになる番よ!いい男を捕まえるって言ってたじゃない!」
「ごめ…ん…ね…」
その言葉を最後に、『マリネラ』は動かなくなる。

「あああああああああああああ!!!!」
号泣するセルリアン。

そしてほんの数分にも、あるいは数時間にも思える時間が過ぎ、セルリアンはふらふらと動き出す。

「私が…アリアドス様を好きになったりしなければ・・・」
――彼に恋をしたのは私の罪…

「私が…おじさまの計画に乗ったりしなければ…」
――あなたを産み出したのは私の罪…

「あなたをこんな目に合わせることはなかったのに…」
――せめてあなたを今、縛めから解き放ちましょう…

「こんな管に繋がれたままじゃ、痛いでしょう?」
一本一本繋がれたチューブを外して行く。

「まっててね…今誰か呼んでくるから…」
マリネラの身体を横たえ、シーツをかける。
「寒いだろうけど、少しの間我慢しててね…」
教皇である父に事の対処を願うべく、部屋を後にする。


だが、教皇の命を受け駆けつけた聖堂騎士団がそこで見たものは
フィルネウスの死体ただ一つだけであった。
この事件は内密に処理され、フィルネウスは病死と発表された。



一ヶ月後、セルリアンとアリアドスの婚礼は無事行われ、各国の盛大な祝の元つつが無く祭礼は執り行われた。
セルリアンは亡きマリネラに語りかける。
(これでいいんだよね、マリー?婚礼を取りやめたりしたら、あなたは怒っちゃうわよね?)
(そうよ、セラ。私の分まで幸せにならなきゃ許さないんだから!幸せゲットだよ!)
セルリアンには、マリネラの叱咤激励の声が聞こえた気がした。

この後アリアドスとの婚礼後2児を産み、セルリアンは病で早世することとなる。
だが、セルリアンの死に顔は、病で苦しんだとも思えぬほど幸せそうな美しい顔であったと言う。

これはアルテリアの母、セルリアンの若き日の苦い思い出の物語であった。


「楊貴妃だろうが、曼陀羅華だろうが
 この世にある魔法の薬をどれほど飲もうが
 昨日までの甘き眠りは、二度とおまえたちの物とはなり得ないだろう。」
―――ウィリアム・シェークスピア作 『オセロ』 第三幕第三場 「城の中庭」 より



「う…う〜ん…」
セルリアンに止めを刺そうとした瞬間、魔力で吹き飛ばされたフィルネウス。
単に気絶していただけだったようだ。
「はっ?マリネラは!?私の光の聖女は!?」
キョロキョロと周りを見回す。
遠くで横たわっている『マリネラ』の姿を見つけ、四つん這いで這いよる。
「マリネラ!マリネラ!ああ…」
ゆすっても叩いても『マリネラ』は起きず、うなだれるフィルネウス。
むく!
突然『マリネラ』の上半身が起き上がる。
「マリネラ!」
歓喜の顔で近づくフィルネウス。
「私は…」
怪訝な顔で呟く『マリネラ』
「はは!天は私を見捨てなかった!これで私は…むぐ!」
『マリネラ』の手が口を塞ぐ。
「うぐぐぐぐぐ!」
もがくフィルネウス。次第に動きが鈍くなっていく。
「う…」
生命を吸い取られたかのように動かなくなる。
「私は…誰…?」
自分が誰だかわからず、苦悩の表情を浮かべる。
「ここは…私の居るべき場所じゃない…」
ふらふらと歩き出し、部屋を出て行く。
どこに行くのか、当てもないまま…