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遺跡外。探索者同士の自由市戦争もひと段落する頃。
じわりと侵食してきた闇に紛れて走る影が一つ、二つ。
そのままとある家に入り込む。
「レギオンズソウル」あるギルドが借り切って根城にしている家だ。
かちゃ
中をうかがうように静かにドアを開くメリュジーヌ。
「……」
見える範囲に人が居ないのを確認したメリュジーヌはそのまま階段へと駆け抜ける。
「メル?おかえり遅かったわね」「メル、おかえりー」「おかえりなさい」「メルちゃん?おかえり」「おかえり」……
1階の広間で夕食を作ったり、寛いでいるギルドメンバーが帰ってきたメリュジーヌに声をかける。
「え、あ、はい。ただいまですわ。部屋にいますのでっ」
その声に答えるとすぐに2階へとかけていくメリュジーヌ。
ばさどたばさどた
「さっきのメル、何かおかしくなかった?」「何か隠していたような」「いつもなら、飛び込んできますね」「足音も変だったね」……
ベルフェゴール三姉妹の部屋の前。好奇心に釣られた彼女たちは揃ってドアの前で聞き耳を立てていた。
(何を隠しているのやら)(そういえば、料理はどうしたの?)(しっ。静かにしないと聞こえません)(何か聞こえる)……
「エルミール、あなたの名前は今日からエルミーヌよ。はい、言ってみて?」
「えう……みーう」
「違うわ。エルミーヌよ。もう一度言ってみなさい」
「えう」
「違うわ」
「うぅ……」
(何、これ?)(勉強?)(いじめ?)(スパルタ?)(危険だわ)(あ、突入?)……
アストレアが立ち上がり、ドアを盛大に開け放つ。
ドバーン!
「メル!誘拐は犯罪よ!」
大声で一喝するアストレア。
「ええっ!」
ベルフェゴール家に用意された部屋の中、静かに睨み合いがなされていた。
壁際にメリュジーヌとエルミールと呼ばれていた幼子、向かい合ってアストレア、そして囲むようにギャラリーがいる。
「誘拐?」「幼女誘拐」「犯罪だわ」「犯罪ですね」「あうあう」
小さな声で噂?するギャラリー。
「何処で拾ってきたのっ!元あった所に戻してきなさいっ!!!」
睨み合いにじれたのか、アストレアが開口一番吼えた。
「勝手につれてきちゃダメでしょ!迷子なの?迷子なら連れて行く場所は此処じゃないでしょ!」
メルが罪を犯したかと思い、本気で叱るアストレア。
「あ、ち、ちがう」
「違わないでしょ!」
「ち、ちがうもん……ぐず」
涙目になるメリュジーヌ。
「あの、アスナ姉さま。もうすこし優しく……」
「ロシェは黙ってなさい」
ぎろり
見るものに恐怖を与える視線で黙らせるアストレア。
「はい……」
「それで、違うなら何?説明なさい」
「歩行雑草……の雌株。市場で引き取り手探してたから、もらってきたの」
横の、歩行雑草の雌株の手を握りながら説明するメリュジーヌ。
「そう……でも駄目よ。うちには食べさせていく余裕が無いもの」
「わたくしの、ご飯分けますわ。少しぐらい減ったってかまいやしないわ」
「それも駄目。メルはもっと食べて大きくなりなさい」
「っ!」
跳ねるように顔を上げて、アストレアに非難の視線を向けるメリュジーヌ。
「駄目、諦めなさい」
一瞬、絶望的な顔をするが、涙を振り払って立ち上がるメリュジーヌ。
そして、杖を一つ突き、メルが怒りの声を上げる。
「ええい、黙りなさい!わたくしは、8公爵が一つベルフェゴール家当主。メリュジーヌ・ユベール・フォン=ベルフェゴール!」
「アストレア・ミレ=ベルフェゴール!わたくしの剣であり盾!あなた、わたくしの決定に逆らうというのか?」
やや目が赤いけれど、十分な威厳と迫力をもってアストレアに対してキれるメリュジーヌ。
「……いいえ、滅相もありません」
家名を出されては反論のしようも無いアストレアは、頭を垂れて静かにそう答える。
ギャラリー全員(大人気ないなぁ)
誰の反論も許さないといった視線を全員に向けてから、エルミールに声をかける。
「よろしい。ではエルミーヌ、挨拶なさい」
「えるみーヌ……ゆーかいされた」
全員「ええっ!」
その日からエルミールに言葉を教える事がメリュジーヌの日課となった。
作者
メリュジーヌ
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