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SS:策謀の宮殿

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「で、そなた達は未だ彼の地を落せぬと言う訳か?」
荘厳な宮殿の謁見室、居並ぶ諸将達に向かい感情の篭らない声で話しかける少年。
ガルバルディーン帝国第38代皇帝、ルーク=ガルバルディーンその人である。
「は・・・面目しだいもありませぬ。」
髭面の大男、禁軍大将軍ゼノスが頭を垂れる。

かつてシルグムント王国との長い戦の末、豊穣の地アルテリア平原を奪われて以来
帝国はアルテリア平原の奪取を画策し度々戦争を起こしているが、未だその業は成されておらず
先ごろゼノスが指揮を執りシルグムント軍の3倍の兵力で望んだ北伐は、シルグムント国王にして稀代の英雄、
アリアドス=シルグムントの活躍により苦杯を舐めさせられている。

「兵などはいくらでも補充できるとは言え、余の顔に泥を塗った罪は万死に値する。
 禁軍大将軍として今まで働いた功績に報い毒杯にて名誉の死を授けようぞ。
 飲み干すがよい。」
「・・・は、ありがたく頂戴いたします。」
皇帝の側近が捧げる杯を受け取り、しばしの逡巡の後飲み干すゼノス。
「ガルバルディーン帝国に栄光あれ!」
カッと目を見開き叫び、糸の切れた人形のようにそのままの体勢で床に倒れ伏す。
「この中に余の望みを叶えようと言う者は居らぬのかの?」
皇帝ルークは気だるそうな瞳で諸将を見わたす。
諸将は目を合わさぬように足元やあらぬ方向に目を泳がす。

「私にお任せ頂けませんでしょうか?」
誰も名乗りを上げぬと見て、一人の男が声を上げる。
「貴様如きが何を言う!控えておれ!」
皇帝の傍に控えていた宰相シェルミが怒鳴り声を上げる。
名乗りを上げた男の名はレイトーン。皇帝ルークの家庭教師であった。
「我が帝国の諸将が幾度も敗れた相手に、貴様如き下賎の者が勝てるわけがなかろう!」
「・・・なら、お前が出るか?」
怒り心頭で怒鳴っている宰相に、冷ややかな声で皇帝が問う。
「あ・・・いや・・・それがしは国内の政務がありますゆえ・・・」
とたんにおとなしくなる宰相シェルミ。
「ではレイトーンよ、そなたに任せる。兵はいかほど必要か?」
「はい、とりあえず諜報に長けた者20人ばかりお貸し頂けましょうか。」
「ほう?たった20人で良いと?」
それまで無表情だった皇帝ルークは、「おもしろい!」とばかりに身を乗り出す。
「とりあえず1ヶ月ほど頂きましょうか。その頃にまた後詰として5万の兵を用意して頂きたく存じます。」
「よし!なにを企んでるか知らぬがやってみるが良い!」
言い放つと皇帝ルークは、嬉々とした足取りで謁見室を去って行ったのだった。

数日後、妖魔の国、8人の公爵のうちの一人ベリオ・ダルシェ=バルタザールの居城フレイムハウル城に一人の使者が訪れた。
「なに?人間如きが妖魔の公爵であるわしに会いたいと?」
「は、ガルバルディーン帝国よりの密使とのことでございます。」
「人間なぞ興味無いと言って追い返せ。」
つまらなそうに手をひらひら振り部下に命ずる。
「は、そう言われたならばこの書状を渡してくれと言われたのですが、如何いたしましょうか。」
一通の書状を持ち返事を待つ部下。
「ふむ・・・書状一通読むくらいなら付き合ってやろうではないか。」
言って部下より書状を受け取り読み始める。
「む・・・これは・・・」
初めはつまらなそうに眺めていたバルタザールだが、次第に書状に興味を示しだした。
「おい、その人間の使者とやらを呼んで参れ!」
部下に命ずるバルタザール公。
「は、ただいま!」
バルタザール公の豹変に驚き、あわてて使者の下に走っていく部下であった。

時を同じくしてザラ湖周辺都市通商連合機構―通称ザラ通商連合のとある評議員の下にも、一人の使者が訪れていた。
「これはこれは、帝国からの使者さまでございますか!突然のお越しですが、本日はいかがなご用件でございますか?」
でっぷり太った体躯の男―評議員議員の一人グルガンが、禿頭を撫で回しながら訪ねる。
「我が帝国のレイトーン様からの書状だ。まずはこれを見てもらいたい。」
下風の国と見下し、横柄に書状を差し出す帝国使者。
顔は笑っているが目は笑っていないグルガンは、書状を受け取り読み始める。
読むにつれて作られた笑みが強欲な笑みに変わり、読み終えた頃には満面の笑みで使者に向き直るグルガンであった。

そして一ヵ月後の帝国。
「さあ陛下、今こそ兵を出しアルテリア平原を手中に収める時です!」
レイトーンが皇帝に対して進言する。
「うむ!だがどういう手を使ったのだ?こうも易々とアルテリア平原の守りを崩すとは。」
「はい、簡単なことです。
 妖魔の国のバルタザール公は、筆頭公爵であったベルフェゴール公を煙たがっておりました。
 ザラ通商連合のグルガン評議員は、裏で奴隷貿易の元締めをやっております。
 アリアドス王とベルフェゴール公の会談の折、グルガンが雇った暗殺者が妖魔の国の仕業と見せかけアリアドス王を暗殺。
 報復に妖魔の国に攻め入った王国軍に対しては、今回の暗殺を企んだと思わせたベルフェゴール公が矢面に立つ。
 一公爵家の力だけでは王国軍にかなうべくも無く、ベルフェゴール公は倒されますが、王国も妖魔の国に攻め入って後方の守りがおろそかになります。
 王国が滅びれば、亡国の国民はグルガンにとって奴隷貿易の糧となるでしょう。
 かくしてお膳立ては整いました。後はこの機にアルテリア平原を奪うだけです。」
「あっぱれ!アルテリア平原を奪った暁には、そなたを宰相として取り立てようぞ!」
「ありがたき幸せ!」
「あ、そう言えば、シルグムント王国のアルテリア姫はかなりの美貌の少女との噂だが・・・できれば生け捕りにしてまいれ。」
「ご随意に。いわば二つのアルテリアが今回の攻略目標ですな。」
盛り上がる師弟を柱の影から見つめる現宰相シェルミの姿があった。

この後、帝国はアルテリア平原を奪取。シルグムント王国王都は妖魔の国が占領。
アルテリア姫は行方知れず。噂によれば戦闘のさなかいずこかへ落ち延びたのを見たものもいるという。
宰相シェルミはレイトーン暗殺を企てるが、逆にレイトーンの策略により発覚。自分の屋敷に軟禁状態で自殺している所を発見された。
レイトーンは後年南方の蛮族征伐に際し、蛮族王を7度捕まえ7度放し、ついには蛮族王も観念し心から帰属するという戦略手腕を見せたことは余談である。
帝国暦573年、今から4年前の出来事であった。


  作者

アルマ

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