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SS:合わせ鏡の少女達

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未だ世界がかりそめの平和にまどろんでいた時代。
場所はベルフェゴール公爵家の居城の中庭。
この地方特有の花々が咲き乱れる中央に、一人の少女の姿があった。
シルグムント王国国王、アリアドス=シルグムントの娘、アルテリア=エルマ=シルグムントである。
ベルフェゴール公、ベノム・ソドム・アーッ=ベルフェゴールとの会談の為に訪れた父と共に、この城を訪れたのだ。

本来妖魔は人間族を見下している傾向があり、下等な種族と蔑んでいるが
魔族相手に一切臆することも無く、少数の護衛のみを連れて魔族の居城を訪れるような
稀代の名君にして豪傑、アリアドス=シルグムントに対しては 『面白い奴』 という評価を下し
ベルフェゴール公は度々会談の場を設けることを許している。

ちなみに会談の様子はと言うと・・・
「ベルフェゴール公、近頃派手に暴れているようではないか。ほどほどにせぬと身を滅ぼすぞ。」
「ぬかせ。貴様のような人間如きに指図される謂れは無いわ!
 そう言う貴様こそ、なにやら暗躍していると我が諜報部からの報告が来ておるが?」
「なっ・・・!?近衛魔法師団の結界により秘密は決して漏れぬはずが!?」
「うむ・・・ワシも精鋭妖魔部隊に周辺を警護させていたのだが・・・妻にバレたのだ・・・」
「ぬぅ・・・権力を持った女の浮気調査というものは侮りがたし・・・といったところか・・・」
『はぁ・・・』
女遊びが妻にばれた二人の男のため息が、広い応接の間に虚しく響くのであった。

閑話休題。
「お父様ったら、ご自分だけでお友達とお話してるなんてずるいわ!」
会談の間、御付きの者達と共に別室で控えさせられていたアルテリアは
あまりの退屈さにこっそり抜け出してきていたのだ。
齢8歳の少女にとって、ただ単に『待つ』と言うことは辛抱するに堪えない物なのであろう。
「お父様はお話が終わったら城下見物に連れて行って下さると仰っていたけれど
 私一人でもこんなに素晴らしい場所を見つけられたのだわ!」
誰に語りかけるでもなく、えっへん!と胸を張る。
幼い少女にとって、この地方の珍しい花々が咲き乱れる庭園は素晴らしい宝物に思えるのだ。

「なんだぁ?こんな所に人間のガキが居やがる。」
夢見心地のアルテリアの後ろから声が聞こえた。
振り向くとそこには、二人の妖魔の兵士らしき姿があった。
「あれじゃねぇか?御館様の所に会談に来た人間の国の国王ってやつ。あれの連れじゃね?」
「ああ、御館様もなんで好き好んであんな人間なんぞと・・・他の公爵連中もいい顔してないって話だぜ?」
この兵士たちは人間に対していい感情は持ってないようだ。
「しかし供も連れずに一人で・・・迷い込んだのか?」
「他に誰もいねぇみてぇだし・・・ちょっと遊んでやろうぜ?」
「ククッ・・・いいねぇ。」
下卑た笑みを浮かべアルテリアに近づいていく。
「な、なんですの?」
不穏な空気を感じて後ずさるアルテリア。
さっと踵を返し走り出す!・・・が
「おっと待ちなお譲ちゃん」
後ろ手を捕まれ引き止められる。
「放して!」
必死にもがくも兵士の手を振り切れない。
絶体絶命!

「おやめなさい!」
凛とした声が庭園に響く。
ぎょっ!とした表情で振り返る兵士たち。
「ひ、姫様・・・」
アルテリアが顔を上げると、そこには一人の妖魔の少女の姿があった。
年のころはアルテリアと同じくらいか少し上であろうか?
「客人に対して無礼でしょう?その手をお放しなさい!」
「い、いえ・・・ただちょっと遊んでやろうと思っただけで・・・」
しどろもどろ言い訳をする兵士。
「であれば私がその方のお相手をいたします。あなた達はお下がりなさい。ご苦労様でした。」
妖魔の少女に言われ、兵士たちはそそくさと場を後にする。
兵士たちの後姿を見送り、少女はアルテリアに向き直る。
「ごめんなさいね?悪い人たちではないのだけれど、少し人間族の方に偏見を持っているようね。」
「いえ・・・ちょっと怖かったけど、大丈夫です。ありがとう。」
涙目になりつつも、にっこり微笑んでみせるアルテリア。
「あなた、お名前は?」
「アルテリア。アルテリア=エルマ=シルグムンテスよ。親しい人はアルマって私を呼ぶわ。」
「アルマさんね?私はアストレア・ミレ=ベルフェゴール。アスナと呼んで下さってもいいわ。」
ベルフェゴール公爵の長女にして人と妖魔のハーフ、アストレアである。
もちろんアルテリアはそのような人間関係を把握しているわけではない。
「アスナ様・・・なんだか私たち似た名前ね。」
「そうね。私たちお友達になれるかしら?」
同年代の少女達の間に奇妙な親近感が生まれたようだ。

「姫様〜!何処におわしますか〜!?」
しばらく談笑していると、遠くから爺やのフェルディナンドの叫び声が聞こえた。
「あら、抜け出したのがばれちゃったみたいね?」
しまった!と顔をしかめるアルテリア。
「ふふ。ではこれでお開きにしましょう。」
いたずらっ子を咎めるような笑みを浮かべてアストレアが言う。
「なごり惜しいわ・・・そうだ、今日の出会いの記念にこれを受け取って下さる?」
うなじに手を回し、かけていたペンダントの鎖を外すアルテリア。
「災厄から身を守ってくれるという、輝龍石のペンダントよ。」
青く輝く龍の瞳のような意匠のペンダントだ。
「ありがとう。では私からも・・・何がいいかしら?」
アストレアはごそごそ自分の身に着けているものを物色し、胸のブローチを外す。
「これを受け取ってくださる?母から頂いたものだけど、幸運のお守りなんですって。」
花をあしらった意匠のブローチであった。
「とても嬉しいわ。アスナ様、またお話しましょうね?」
「ええ、喜んで。アルマさん。」
お互い笑みを交わし、アルテリアは爺やの元へ走っていく。

未だ世界がかりそめの平和にまどろんでいた時代。
偶然出会った二人の少女、幼き頃の記憶。
激動の中で薄れし束の間の邂逅の記憶。
お互い戦で父を失い、お互い戦で国を失い。
合わせ鏡の如き少女達の運命。
時は巡り、運命の島で再び交わる。
再び出会った二人にどのような運命が待ち受けるのか。
それはまた別の物語で語られるであろう。

  作者

アルマ

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