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SS:ロシェルの始まり

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さて、明日は何を着ようかな。旅の途中だからたいして選ぶものもないけれど、寝る前の小さな幸せの時間。荷袋から取り出したいくつかの服のほとんどは可愛らしい女の子のもので、ロシェルが本来着るはずのないものばかりだった。

昼間に出会った女性から、もう一人のお父さんの魔剣を受け取ったのがよっぽど嬉しかったんだろうな。夕飯の時もなんだか機嫌が良さそうだったし、いつもとちょっと違う格好で驚かせてみようかな?
いろいろ考えてるうちに、荷物に入れてはあるけれど普段は身に着けないものが目に留まり、昔のことを思い出してしまう。


「やーい、意気地なし」
「ロシェル。こんなのも飛べねーの?だっせー」
「しょうがねえよ、こいつオンナだもん」
町外れの山で、割れ目を飛び越えられない
ボクをみんなが口々にからかう。
「……もん」
「え、なんだよロシェ、さっさと飛んでみろよ」
既に3人は1メートル弱ある割れ目を飛び越えていて、向こう側から挑発する。
「オラ、早く行けよ」
ボクが逃げ帰れないように、こちら側に残ったガキ大将に背中をどつかれると、もう逃げ場はなかった。
「飛べるもん!」
大声で言い放つと、助走をつけて・・・飛ぶ。
ドンッ。次の一瞬世界が暗くなって、全身に痛みが走る。
失敗したんだ。また飛べなかった。でも地面の感覚はある。ボクは崖っぷちに引っかかるようにしてくの字に崖にぶつかっていた。そのまま滑り落ちないように必死で這い上がろうとする。
「だっせー、ほんとに飛べないでやんの」
「ロシェちゃん残念だったねー」
「男の中に女が一人」
軽々と飛び移ってきたガキ大将と周りの3人が、口々に囃し立てながら、ボクの手を踏み、わき腹を蹴り、背中を踏む。それでも落ちるないように必死に抵抗してなんとか這い上がると、当然のように次のメニューが待ってた。
「ほんとに男だか確かめてやろうぜ!」
ああ、まただ。その言葉を合図にボクの服が次々と脱がされていく。


結局途中で諦めたボクはあっさり丸裸にされて、さんざんからかわれたあと、その場に取り残された。何度目だったかな、こういうことは。もう数えるのもやめちゃった。妹のメルだってその場にいれば、助けに入ってくれる。アスナ姉さまもお母さんもあいつらを叱ってくれる。ボクのことで怒ってくれるのは嬉しいけど、それでもあいつらはやめてくれたりはしないし、ボクも逆らうことができないんだ。ちょっと自分の弱さを呪ってしまい、泣いた。


翌日。ボクはさすがに不貞腐れてスクールをさぼった。
お母さんも何も言わなかった。
でも、さすがにお昼近くなると、お母さんがサボったことをとがめるでもなく、優しく言う。
「ロシェル?そろそろ朝ごはん食べなさいよ。食べたらちょっと出かけましょ?」
ボクはため息をひとつつくと、昨日の事をこれ以上気に病んでも仕方ないと振り切りこれ以上心配させないように笑顔で応える。
「ウン。さすがにお腹すいちゃった。」
「よし。いい返事ね。」
朝から用意されたままだったのだろう。堅くなったパンと冷めたスープを放り込むと町外れに来ているというバザーに連れて行かれた。きっと荷物持ちでもさせられるんだろうな。

定期的に町を訪れるキャラバンが開いているバザーへ来ると、お母さんはまず女物の服を中心に見て回っていた。アスナ姉さんの分かな?それにしては普段姉さんが着ないような随分かわいらしいものをいくつも手に取ってる。
アスナ姉さんは活発だから、もう少し可愛さより動きやすさを優先した服が好きだと思ったんだけど。メルが着るにはちょっと大きいよね。ぼんやりとそんなことを考えながらついて回っていたボクに目の覚めるような言葉が飛び込んできた。
「お子さんかわいいね、きっとこれ似合うよ、どう?」
「あら、いいわね。ロシェ、ちょっとこれ着てみなさいよ」
「え、ちょっと待ってよ、それ女の子の服でしょ?そんなの着たらまた・・・っ」
「?。お嬢ちゃんなら似合うって、こういう可愛い服興味ないのかい?」
「……っ。」
商人はどうやらボクの事を女の子だと思ってるらしい・・・違うのに。
いつだってそう。ボクは普通の格好をしてるのに、会う人みんなに女の子だって言われるんだ。みんな目がどうかしてるよ。
「ロシェには絶対似合うから大丈夫よ」
「大丈夫じゃないよ、昨日だって!」
「昨日の服の代わりよ」
「まあまあ、気に入らなかったら返してくれていいからさ、ちょっと着てごらんよ」
昨日のことを持ち出されると具合が悪い。それに、思い出したくないので結局従ってしまう。一応物陰でごそごそと着替えて姿を現すと。
「きゃ〜。ろしぇ、可愛いわ〜思った通りよ〜。一度着せてみたかったのよね!」
お母さんまで……。
「おう、こりゃぁお似合いだぁ。」
店のお兄さんとなんだか二人で盛り上がってる・・・。
「あら、シルヴェーヌさん。アストレアちゃんとお買い物?」
店先でもりあがる二人の声を聞きつけたのか、覚えのある声がかけられると
姿を見られたくないので、思わず着替えに使った物陰の方へ動いてしまう。
「あら、ルネさん。見てみて、ほらロシェ。そんなところに隠れてないでこっちへ来なさい」
「え、あらロシェルちゃんなの。あら、まぁ。可愛いわねぇ」
ボク、男の子なのに。ルネおばさんも目がどうかしてるよ。
「ロシェ、これも着てみて、ね!」
ああ、なんだかお母さんも変だよ・・・。
今朝の負い目もあって付き合ってるうちに、なぜか近所のおばさん達が集まり、もうどうしようもなくなった頃。スクールの女の子達に見つかってしまったみたい。
「ねえ、あれロシェルくんじゃない?」
「え、うそ。女の子でしょ?まさか」
「でも、横にいるのロシェル君のおばさんだし、アストレア様でもないし?」
「え、やだ。ほんとにロシェルじゃん。かわいー」
「へー、あいつ可愛いじゃん」
ボクはもう真っ赤になって下を向くしかなかった。
みんな、みんな目がおかしいんだよ!

スクールの女の子達には絶対に馬鹿にされると思ってたのに、なぜか可愛い可愛いって、たくさん言ってくれた。みんなは目がおかしいんだって思いながらも、なんだかちょっと嬉しかった。

翌日。スクールはボクの話題で持ちきりだった。思わぬ方向に。
「ロシェ、おまえ昨日女の格好してたんだって?変態じゃん」
ああ、やっぱり。
「いや、こいつもともと女じゃん。なんで今日は男の格好してんだよ?」
ボクだって女の子の服なんて来たく無かったよ。
「ウヒャー。そりゃいいや、明日から女の格好してこいよ!」
……はぁ。
「ちょっと男子。何ロシェ君いじめてるのよ」
あれ?いつもと違う。
「ロシェル君。あいつらの言うことなんて気にしなくていいんだからね。」
女子のうち何人かがボクを庇ってくれてる。いつもなら遠巻きに見てるのに。
「あんたたち!いつもいつもロシェル君苛めてくれちゃって。いい加減にしないさいよ!」
そこでボクはやっと気づいた。昨日、女の子の服を着てる姿を見られた3人だ。
「な、なんだよ急に。いままでオマエらだって何も言わなかったクセによー!」
一昨日ボクの逃げ道を塞いでいたガキ大将が言い返す。
「なによ、アンタ。下級妖魔の分際で、このブレンダ様に文句あるっての?」
ボクのセンサーがビンッと反応する。虐められる予感だ。早くこの場から立ち去りたかった。
「……ちっ。しょーがねーな。ロシェル、運が良かったな」
捨て台詞を残すと、彼の後に続いて普段ボクを虐めてる男子達が出て行く。
残ったのは、虐めに加わらないで居てくれた他の男子と、女子のほとんど全員。
ブレンダは、女子のボスだ。純血の上位魔族でいま見たとおり、男子でも本気で逆らうことはできない。僕なんて問題外だった。
「ロシェル。あなた昨日は可愛かったわよ〜?」
!!!!
まさかブレンダにまで見られてたなんて。なんて着いてないんだろうボクは。
「今日おうちに帰ったら、また昨日の服を着て・・・そうね、中央公園の噴水で待ち合わせよ、よろしくて?」
「………」
そんな恥ずかしいことできるわけないじゃないか。
後ろで女子達が何か言っているけど耳に入らない。
また、ボクはうつむいて真っ赤になっていた。
「よろしくて?」
追い打ちをかけるように怒気をはらんだ言葉がかけられる。
ああ、もういいや。
「………ハイ」
なんで律儀に返事をしているんだろう。
「いいお返事ね。私待つのはイヤなの。そうね、先生には私が言っておくから今から着替えに帰りなさい。」

この日以来、ボクは女の子の格好をして、女の子のグループに混ざって生活するようになり、虐められることも無くなった。

ふっと、自分が女の子になるにいたった事件の記憶に意識を奪われていたボクは唐突に現実に引き戻された。
なんでだろう。こんなこと思い出すなんて・・・・。
よし。ちょっと嫌なこと思い出しちゃったから珍いけど、明日はこの服にしようっと。


翌朝。少し早起きした僕は、朝ごはんを用意しながら、起きてくる姉を待った。
「あ、アスナ姉さま。おはようございます。あ、あの・・・久しぶりにパンツ穿いてみたんだけど、どうかな、おかしくない?」

  作者

レナ

コメント

  • 最後のセリフで鼻血が出ました。 - アスナ (2009年11月19日 01時08分38秒)